晩翠怪談 第20回 「鍋物屋にて」
■鍋物屋にて
私自身の話である。
デビュー作である『怪談始末』が世に出てまもなくのことだから、時節は2014年の初夏だったと思う。
ある日のこと、仕事の出張相談で県内の某市へ出かけた。
依頼主はIT関係の会社を経営する早木さんという、私と同年代の夫婦。
用件は会社の事業繁栄に関するもので、社内に祀られた神棚を前に祝詞を詠まさせてもらった。
先方の都合に合わせ、午後の遅い時間に訪ねた。事業繁栄の祈願が終わったあとも細々した質問に応じていると、時間はあっというまに過ぎ去り、気づくと七時を回る頃になっていた。
話も一段落ついたようだし、そろそろお暇しようと席を立ちかける。
そこへ早木さんが「よければ、晩御飯をごちそうさせてください」と言ってきた。
礼を述べ、「お気持ちだけで結構です」と断ったのだが、そこへすかさず奥さんも「ぜひご馳走させてください」と繰り返す。
おそらくふたりは、私が社交辞令から遠慮していると思ったようだが、正確には違う。単純に嫌だから断ったのである。
私は昔から生理的に、慣れない他人と食事をするのが大の苦手だった。
「何かを食べている」という姿を他人に見られるのが無性に嫌なのである。感覚的には寝顔や着替えを見られるような嫌悪に等しい。
身構えることなく一緒に食事を楽しめるのは、実家の家族や近しい身内、あとはそれなりに気心の知れた、ごくごく少数の友人などに限られる。
こうした理由に加えて、人の奢りで食事をするというのも苦手だった。
それも仕事の延長でご馳走されるとなれば、なおさらのことである。
早木さん夫妻に限らず、出張相談におもむくと、たびたび食事の誘いを受ける。依頼主の心情では悩みが解消された安堵や、わざわざ足を運んでもらった感謝の印として、ご馳走したいと思うのだろう。
しかし、同じ「出張」であっても、たとえば電気修理や害虫駆除の業者に出張を依頼して、食事を奢ることがあるだろうか。基本的にはないと思う。
他の業者には見せない感謝の印を拝み屋だけに見せられるというのが、どうにも腑に落ちなくて嫌なのである。
こうした依頼主の善意を悪用して、事前に「特上寿司を頼んでおけ」だの「焼肉屋に連れていけ」だのと申しつける愚かな同業者がいることも知っているので、なおさら気後れしてしまう。
そうした卑しい根性は持ち合わせていないし、感謝の印は相談料金という形で正式にいただいているので、それ以上の気遣いは一切無用である。
だからこの日も断った。奥さんに誘われても断った。
すると今度は、夫婦で口を揃えて誘われることになった。
「お気持ちだけで十分です」と固辞したのだが、それでも「遠慮なさらず」と食い下がる。
結局、誘いに根負けした私は、申しわけ気持ちに駆られながらもふたりの厚意に賜ることにした。
案内されたのは、会社の近くにある鍋物屋。
引退した力士が経営している店ということで、とりわけちゃんこ鍋の評判が良いそうである。
客観的に見れば結構な話だが、私は他人と一緒に食事をするのに加えて、鍋物というのも苦手だった。
同じ鍋で煮込まれた物を他人と一緒に食べるのが嫌なのではない。
「ご馳走」という体裁で鍋を囲むとたいていの場合、同席した誰かに「遠慮せずにどうぞ」などと言われ、自分の取り皿にどんどん具材をよそわれるのが嫌なのである。
よそわれてしまった以上、食べなければならないのだが、食べるとすぐにお代わりをよそわれ、再び食べざるを得ないという負のループに陥ってしまう。
「自分のペースで食べます」と断っても、食べるペースが遅いのに気づかれると、やはり「遠慮せずにどうぞ」と言われ、取り皿を山盛りにされてしまう。
心遣いは理解しながらも、私の実感は苦痛以外の何物でもない。他人の厚意に苦痛を感じてまう体たらくに自己嫌悪を覚えるというオプションも加わるため、とりわけ「ご馳走される鍋」は大の苦手なのである。
斯様に難儀な鍋を、不本意ながらもご馳走してもらうことになった。
店はテーブル席が十に満たない、こぢんまりとした構えだった。
宵の口とあって、席は半数近くが埋まっている。
従業員に挨拶されて空いている席に着くと、早木さんからメニュー表を差しだされ、「なんでもお好きなものを頼んでください」と促された。
好きな鍋などひとつもないので、「お任せします」と告げ返す。
「ならば」ということで、早木さんは一押しのちゃんこ鍋を注文してくれた。
まもなく鍋が届き、テーブルに備えられたコンロの上でぐつぐつ音を鳴らし始める。
具材があらかた煮えてくると案の定、奥さんが「お取りします」と笑って、私の取り皿に具材を山盛りにしてくれた。
丁重に礼を述べ、夏休みの宿題を片付けるような心地で取り皿に箸をつけ始める。
手早く皿を空にすると、たちまちおかわりをよそわれるのが目に見えていたので、ゆっくり食べるのを心がけた。さらには食が進まないのを気取られないよう、常に言葉を絶やさず、食事よりもお喋りに夢中という体を装った。
思いつくまま、あれやこれやと話をしていくうちに、話題はいつしか怪談めいたものへとシフトしていった。
早木さんのほうは取り立てて、奇妙な実体験はないとのことだったが、奥さんはひとつだけならあるという。
小学5年生のある時、放課後に廊下の掃除をしていると、走ってきた児童が水の入ったバケツを蹴って、中身を床にぶちまけてしまった。
無数の飛沫が四方に飛び散り、床には大きな水溜まりができあがる。
その場にあった雑巾だけで拭き取れる量ではなかったので、他の掃除当番の子たちと話し合い、奥さんが用具室からモップを取ってくることになった。
ところが用具室に向かおうとした時である。
「じゅぶり」と鈍い音がしたかと思うと、床に広がる水溜まりがまんなかに向かって急速な勢いで縮まり、一瞬にして消え失せてしまう。水の動きは、打ち上げ花火を逆再生したような印象を抱かせるものだった。
床材はつるつるとしたリノリウム製で、水気を吸い取ることなどできない。にもかかわらず、水溜まりは一粒の水滴はおろか、わずかな湿り気も残さず、跡形もなく消え失せてしまったのだという。
話を終えた奥さんに「なんだったんでしょうね?」と訊かれたが、私にも原因は分からなかった。
ただ、似たような体験ならば私もしている。
やはり小学時代のことで、放課後に図書室の掃除をしていた時だった。
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