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晩翠怪談 第18回 「化け猫」「割れて以来」「あるじゃんよ」

割引あり

■化け猫

 ある晩遅く、会社員の佐守さんが仕事を終え、車で家路をたどるさなかに起きたことである。
 いつも使っている通勤路は、途中で山道に分け入る。
 外灯もろくに立っていないうら寂しい道筋なのだが、佐上さんと同じく通勤路に利用する者が多いらしく、夜になってもそれなりの交通量がある。
 この晩も山道に入ってまもなくすると、少し離れた背後から車が一台、続いてくるのが見えた。付かず離れず、ほどよい車間距離を保って佐上さんの車についてくる。
 やがて山道の半分辺りまで差し掛かった時だった。
 前方の対向車線に小さな影が佇んでいるのが、目に入る。
 ヘッドライトの明かりに照らしだされたそれは、キジトラ模様をした一匹の猫だった。
 くりくりと大きな目をした可愛らしい顔つきの猫だったが、毛並みは全体的にぼさついていて、首輪も付いていない。一目して野良猫だろうと判じた。
 猫は対向車線上の路面にちょこんと座り、道の向こう側に視線をじっと向けている。
 おそらく道路を横断して、反対側に渡りたいのだろうが、見ていて危なっかしいものを感じた。轢かれなければいいがと思いつつ、猫の真横を慎重に通り過ぎる。
 するとまもなく背後から「どーん!」とけたたましい音が聞こえてきた。
 はっとなってルームミラーから様子をうかがうと、背後をついてきていた車がガードレールに突っこんで停まっているのが見えた。慌ててブレーキを踏み、車を降りて安否を確かめに向かう。
 運転者は五十代半ばとおぼしきスーツ姿の男性だった。声をかけるとすぐに言葉が返ってくる。何があったのか事情を尋ねると、男性は「女が車の前を横切った」と答えた。
 つい今しがた、佐上さんの車に続いて山道を走っていると、前方の対向車線上に白い着物姿の女が蹲っているのが目に入った。
「気味が悪い」と思いつつ、横を通り過ぎようとしたその瞬間、女が路上からすっと立ちあがり、早足で車の前を横切り始めた。とっさにハンドルを切ったのだが、ブレーキのほうが間に合わず、車はガードレールにぶつかってしまったのだという。
 道路の両脇には密生した藪が広がっている。気軽に人が入りこめるような余地はない。
 男性から「女、見かけませんでしたか?」と尋ねられたが、そんな女を見た覚えはなかった。
 佐守さんが見たのは、猫である。
 だから猫が女に化けて、道を横切っていったのではないかと思ってしまったそうである。

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