晩翠怪談 第3回 「ただそれだけのこと」「キャッチ」「降ってきた」「フルフェイス」「はっしと」
■ただそれだけのこと
ゴールデンウィークが終わってしばらく経った、五月の終わり頃。
加瀬谷さんは会社の有休を使って、泊まりがけの渓流釣りに出かけた。
初日の昼間、手頃なポイントを見つけ、水辺に立って釣り竿を振っていた時である。
背後に気配を感じ、続いて背中の産毛がざわざわと逆立った。
反射的に振り返ると、すぐ目の前に女の顔が揺れている。
満面に薄笑いを浮かべた、髪の長い女の首から上だけ。
それらが三つ、団子のごとく縦に連なり、宙に浮かんで上下にふわふわと揺れている。
加瀬谷さんが「あっ」と声をだすと、首は下から順にぽん、ぽん、ぽんと、電気が消えるように目の前からいなくなってしまった。
ただそれだけのことである。あとから怪我や病気をしたなど、不幸に見舞われたわけでもない。なんならこの日の釣果もまずまずだった。
強いて言うなら、わけの分からないものを見てしまったことで、未だになんとなくもやもやした感じが、頭の中に残り続けているとのことである。
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