晩翠怪談 第2回 「赤い影」「棲みつかれる」
■赤い影
九〇年代の終わり頃、市子さんの暮らす県道沿いの集落で火事があった。
焼けたのは、独り住まいをしていた老女の家。全焼だった。
老女は火の手が回る前に避難して、一命を取り留めた。その後はグループホームに入所し、家があった場所は更地となった。
火事から二年ほど経った秋口のこと。
当時、大学生だった市子さんがバイトを終え、深夜近くに更地の前を車で通りかかると、暗闇の中に赤い光が灯っているのが目に入った。
光は上下に忙しなく動いている。色みが似ていたので、初めは防犯灯のたぐいかと思っていたのだけれど、車が接近していくにしたがい、人の形をしていることが分かった。
全身から真っ赤な光を放つ人影が、更地のまんなかで垂直跳びを繰り返している。
注視しながら更地の前を通り過ぎたのだが、やはりそれはどう見ても人の形をしていた。けれども生身の人とは思えない。
「お化けかな……?」と怯えながらサイドミラー越しに背後を見やると、人影はいつのまにか姿を消していた。
事の次第を家族に話したのだけれど、誰もまともに取り合ってはくれなかった。「何かの見間違えだろう」などと言う。
「だったら確認してみてよ」
夜に更地の前を通りかかったら様子をうかがうように言ってみたものの、家族が同じものを見ることはなかった。
それから十五年ほどが経ち、独立して独り住まいをしていた市子さんがお盆に実家を訪ねた時のこと。
夜の十時過ぎ、家族に見送られながら車をだすと、夜道の前方にまもなく例の更地が見えてきた。
漆黒の中に赤い光が揺らめいている。
「嘘……」と思って目を凝らしたが、光は間違いなく更地のまんなか辺りに赤く灯り、ぴょんぴょんと上下に跳ねつつ揺らめいていた。
やはり人の形をしている。
更地の前をすれ違う間際、仔細を確認してみると、直立姿勢で暗闇を跳ねる赤い人間のシルエットをはっきり確認することができた。
後日、実家の家族に改めて報告したのだが、この時も信じてもらうことはできなかった。昔と同じく「何かの見間違えだろう」などと言う。
火事で家が焼けた老女は、未だにグループホームで健在なのだと聞いた。更地の元の所有主は生きているし、そもそも火事で焼け死んだ者もいない。
そんな場所に怪しいものが出るはずなかろうというのが、家族らの見解だった。
二度目に赤い人影を目撃してから、さらに数年経った頃である。
市子さんはインターネットでなんとなく、地元の話題を匿名で語り合う掲示板を覗いてみた。
最近催されたイベントや新規オープンした店などの話題を始め、ローカル色豊かな書き込みがずらりと並んでいるのだが、それらに交じってこんな書き込みも残されていた。
〇〇区にある空き地。
夜中に車で通りかかったら、空き地のまんなかで赤い人影が飛んでいた。
気を付けの姿勢でピョンピョン縦に飛ぶような感じ。
「あっ!」と驚いたら、 影はすっと消えてしまった。
〇〇区というのは、市子さんの実家がある場所である。
ページをスクロールしていくと、上の書き込みに対する意見も見つかる。
マジですか!! 怖いっすね!!!
〇〇区にある空き地って、近くに〇〇ラーメンがあるとこですかね?
だったらその空き地、結構昔に火事で家が焼けてるとこだと思います。
赤い人影は、火事と何か関係があるやつなんでしょうか???
件の更地の近所には、確かに同じ屋号のラーメン店がある。
赤い人影の件を書き込んだ当事者も質問に対して「そうです!」と答えを返していた。
だからこれらの書き込みは、市子さんが二度も赤い人影を目撃した更地に関する話題ということで間違いなかった。
思いがけない証言を見つけてしまい、肌身がぞっと凍りつく。
やはり自分が目にしてきたものは、夢幻のたぐいではなかったのだと市子さんは確信した。
それから数年経った頃、更地に家が建つという話を実家の家族から聞いた。隣町に住む一家が引越してくるのだという。
まもなく家は建ったのだが、完成から一年目を迎えた頃にまたもや火事で全焼してしまう。
一家は全員無事だったものの、焼け跡は再び更地に戻され、今も更地のままだという。
いずれまた、赤い人影を目にする機会があるかもしれないと、市子さんは語っている。
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