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晩翠怪談 第12回 「水女」「喰らいつき」「避難小屋」
■水女
梅雨時の日暮れ近く、鈍色の曇天から白糸のような雨が頻降るさなかに起きたことだという。
その日、蓮田さんは近所に暮らす親類宅へ届け物をするため、川沿いの土手道を歩いていた。
歩きながら何気なく川のほうへ視線を向けると、川面に近い河川敷に不審な人影を見かける。
灰色がかった細い輪郭をしていて、川面に身体の表を向けて蹲っている。
ほっそりとした体形に加え、髪の毛も長いようなので、どうやら女とおぼしき印象である。
だが、その身体は暗く沈んだ灰色一色で、衣服を身に着けているようにも見えず、輪郭以外に仔細を認めることができない。
ますます不審を覚え、じっと目を凝らして検めてみる。すると人影は、身体の表面がどろどろと忙しなくうねっているのが分かった。
雨が滴っているせいではない。まるで身体そのものが灰色の液体で形作られているかのごとく、どろどろうねうねと波打ちながら動いている。
いつのまにか固唾を呑みつつ様子をうかがっていると、蹲っていた輪郭がすっと立ちあがった。
続いてこちらへ首らしきものをゆったりと振り向け、あたかも一瞥するような仕草を見せると、得体の知れない人影は川面に向かって進み始める。煙が歩くような動きだった。
川岸に達した人影は、つま先のほうからずぶずぶと水の中へ入ってゆく。長い髪の毛を揺らす朧な輪郭はたちまち下半身が水に浸かり、頭のてっぺんまで水中に没してしまった。
しばらく呆然となって川の流れを見つめていたが、それが再び岸へとあがってくることはなく、水面から頭を突きだして見せることもなかった。
川の景色は幼い頃からずっと見続けてきたのだが、あんなものを見たのは初めてのことだった。
奇妙なことに蓮田さんは、翌日から水疱瘡を患ってしばらく臥せることになった。
川辺で見かけた化け物の正体については不明ながら、水疱瘡にかかってしまった原因はきっと、あの化け物に出くわしてしまったからだろう。
蓮田さんは然様に判じ、以後はあまり川面へじっくり目を向けることはなくなったという。
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