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晩翠怪談 第10回 「顔出しNG」

■顔出しNG

 私自身の話である。
 確か2013年の盛夏、8月のお盆に近い時季だったと思う。

 ある晩、新規の若い女性客がふたり、私の仕事場を訪ねてきた。
 名を静海さんと尚江さんという。
 ふたりは中学時代からの親友同士とのことだった。
 私の許を訪ねてきたのは、鬼籍に入ったもうひとりの親友を弔うためである。やはり中学時代からの親友で、社会人になってからも変わらず関係が続いていたのだが、4年ほど前に不慮の事故で亡くなってしまった。

 彼女の命日を始め、お盆とお彼岸にも毎年欠かさず、墓参りに足を運んでいるのだという。これまでは特に変わったことなど起こらなかった。
 ところが最近になって、静海さんはたびたび亡くなった親友の夢を見るようになった。
 夢の中で親友の彼女は、困ったような笑みを浮かべて静海さんの顔を見つめてくるのだという。他には何をしてくるわけでもない。
 夢でも彼女と再会できるのは嬉しいことだが、何度も同じような夢を見るので、そのうちだんだん気がかりになってきた。
 もしかしたら供養が足りないのではないかと感じ、私に読経をしてほしいのだという。

 よくある用件なので、ふたりが持参してきた供物を仕事場の祭壇に捧げ、乞われるままに供養の経を誦した。
「あの子は何を伝えたかったんでしょう?」
 供養が終わってからそんなことを尋ねられたが、死者の言葉を聞き取って代弁するのは専門外なので、素直に「分かりません」と答えた。
 代わりに「よければ思い出話を聞かせてください」と水を向け、亡き親友にまつわる話をたっぷり聞かせてもらうことにする。
 故人の思い出話に花を咲かせるだけでも、十分以上の供養になるのである。説明するとふたりは意気込み、笑みを浮かべて語り始めた。

 話はこちらが想定していたよりも長丁場となり、はたと気づけば2時間近く経っていた。時刻は9時を半分回る頃である。
 ふたりもそろそろ気が晴れたようだったので、そろそろお開きにしようと思い、締めの合図に「何か他に気になることはありませんか?」と尋ねてみた。

 すると静海さんのほうが少し考えこんだあと、「あ、そういえば」とつぶやいた。
「これも夢の話なんですけど、前にも夢で変なことがあったんです」
 ただしそちらは今回の夢にまつわる件と違い、凄まじく気味の悪いものだったという。

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