晩翠怪談 第28回 「ずんどごキャット」「くるくるキャット」「じゃじゃ降りキャット」
■ずんどごキャット
「嘘みたいな話だけんど、この目でしっかり見たんだから仕方ねえ。本当に本当の話なんです」
宮城の片田舎に暮らす80代の寺守さんが、躊躇いがちにも語ってくれた話である。
今から60年ほど前、昭和四十年代の終わり頃で、寺守さんが二十代だった時分のこと。
ある晩、寺守さんは、近所に暮らす従兄の家に将棋を指しに出掛けた。
帰途に就いたのは、時刻がそろそろ深夜を跨ぐ頃。懐中電灯を片手に暗い夜道を歩いていると、ふとどこからか「ずんどごずんどご」と、景気のいい太鼓の音が聞こえてきた。
地元の祭りはとうに終わった時期だったので、お囃子の練習をしている音ではなかろうと思う。それに時刻も時刻である。こんな遅くに太鼓を叩く者など、いるわけないだろうとも思った。
だが、夜道を進めば進んでいくほど、音はしだいに近づき、大きく聞こえてくるばかりである。
まもなく道端に並ぶ田畑の隙間に開いた、小さな空き地のほうに目がいった。
音は月明かりに薄く照らしだされた、空き地の中から聞こえてくる。
闇夜に首を伸ばして視線を凝らすと、何やら小さなものが複数、激しく蠢いているのが見えた。
それは猫だった。
野良とおぼしき7、8匹の猫たちが後ろ足で二本立ちになり、陽気な太鼓のリズムに合わせて揚々と身をくねらせながら、一心不乱に踊っている。
「嘘だろ……」と思い、すかさず懐中電灯を向けると、円い薄明かりの中に浮かびあがったのは、紛うかたなき、二本立ちの猫どもだった。頭の上から手拭いらしき物を被っている猫もいた。
寺守さんが明かりを照らしつけるなり、夢中で踊りまくっていた猫たちはぴたりと動きを止め、こちらへ一斉に顔を向けた。大きな目玉は満月のように膨らみ、爛々と光り輝いている。
次の瞬間、やはり猫たちはまとめて四本立ちに戻ったかと思うと、蜘蛛の子を散らしたように周囲の田畑へ向かって駆けだしていった。あっというまに姿が見えなくなってしまう。
寺守さんは下戸なので、酔って幻像を見たわけではないという。あくまで「本物の猫たち」が「ずんどごずんどご」と、漫画のごとく踊り狂う様を目撃したのだそうである。
滑稽ながらもそれ以上に気味悪く感じられ、二度と目にしたくないと思った寺守さんはその後、従兄の家に将棋を指しに行く時は、別の道を選んで通うようになったとのことだった。
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