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Q 1歳以上の子どものうつぶせ寝,乳幼児突然死症候群のリスクは?

(この育児Q&Aは『チャイルドヘルス 2022年8月号』に掲載されたものです)


はじめに

『チャイルドヘルス』は,子どもの保健と育児を支援する専門誌として,毎号,子どもにかかわる専門職の皆さんに役立つ情報をお届けしています.
本誌「育児Q&A」のコーナーでは,子どもの保健や育児等に関する質問について,編集委員の先生方を中心に回答しています.
noteでは,過去の「育児Q&A」をご紹介していきます!

Question

乳児院に勤務しています。乳幼児突然死症候群の予防のために,1 歳未満児には睡眠時にベビーセンサー(シエスタ)を使用しています。15 分ごとの睡眠状態(呼吸,体位,顔色や咳,発熱,ベッド柵にはさまっていないか,掛物が顔を覆っていないか等)の確認もあります。腹臥位で寝ている児は,仰臥位か側臥位にするよう乳児院では指導があります。
質問は,1 歳以上でベビーベッドを使用していない児も,腹臥位は乳幼児突然死症候群リスクが高いか? ということです。体位を変えてもすぐに自分が落ち着く体位に戻ってしまう(腹臥位)ことも多く,また頻回な体位変換が子どもの睡眠を妨げているのでは? と感じることも多いです。文献では 1 歳以上の児に関しての情報が得られませんでした。一般家庭では親も寝ているので,子どもの体位変換は行いません。また,入所児が通院している大学病院の小児神経科の医師に,体位変換の必要性を疑問視されたこともあります。
リスクとの因果関係が明確ではなく,睡眠の質を守るためにはむしろ頻繁な体位変換は不要ということがわかれば中止したいと考えています。ご教授をお願いします。

Answer

とても大事なご質問です。乳幼児突然死症候群(SIDS) の発生頻度は日本では一般的に出生 6,000~7,000 人に 1 人で,生後 2~6 か月に多く,1 歳以上で激減します。発症のしくみは明らかではないものの,近年は,赤ちゃんの呼吸機能が未熟で,何らかの理由で無呼吸となった場合に,子どもを覚醒させる反射が適正に作動しないためではとされています⑴。リスクの一つがうつぶせ寝と考えられ,現在うつぶせ寝を避けるように指導されています。

さて,今回のご質問は乳児院の方からですが,集団保育ということで保育所も同様の状況と思われます。そこで日本の保育所での SIDS の発生状況を確認してみましょう。

これまでの報告で,保育所での死亡事故の多くは睡眠中に起きていることがわかっています。たとえば全国の保育施設で 5 年間(2009~2014 年)に発生した死亡事故を検証した報告では,8 割(49/62 件)が睡眠中に発生し,その 6 割がうつぶせ寝の状態で発見されていたと報告されています⑵。

この報告では,さらに興味深い報告がなされています。それは,保育施設における死亡事案を検証すると,0 歳児が 49% と最多でしたが 1・2 歳児も42% を占めていたことです。つまり重要なことは,保育所でのSIDS は1 歳を過ぎると SIDS が激減する一般家庭の状況とまったく異なるという点にあります。ほかにも興味深いことがわかっています。それは発生時の体位と時期です。1・2 歳児の発見時の体位は 76% が腹臥位で,発生時期は登園初日が14%,登園 1 週間以内が全体の 30% だったのです。

一般に,1 歳以上になると多くの子どもが寝返りをしてうつぶせになりますが,この時期になるとうつぶせの危険度は明らかに減少しており⑵,一般家庭では 1 歳を過ぎればうつぶせ寝をあおむけに戻す必要はありません。しかし先ほどの報告でもわかるとおり, 保育施設では 1 歳以上でも起きており,その 7 割が発見時うつぶせでした。日本では,現在は寝かせるときにはあおむけ寝にしていたはずなので,寝返りをうってうつぶせになり亡くなっているわけです。

以上のことより,保育施設での SIDS の発生状況は自宅とは異なるという認識が重要だということはおわかりいただけたかと思います。でも,保育施設での SIDS の状況はどうして一般家庭での SIDS と異なるのでしょうか。

そのことを考えるうえで有用と考えられるのが,SIDS の要因についての仮説です。SIDS を引き起こす要因は多様で,まだよくわかっていないことも多いですが,現在は Triple Risk Model が提唱されています⑶。これは危険因子を一般的な要因(脆弱性:貧困・未熟性・性別・人種など)と月齢要因(自律神経の調節の発達段階),促進要因(外因性ストレス:睡眠状態・体位・感染など)の 3 つに分類するものです。これらの要因が重なることで突然死が惹起されるとされています。保育所への預け始めに SIDS が起きやすい理由として,保育施設という慣れない環境要因が外因性ストレスとして働いた可能性があるのかもしれない, と上記の報告では指摘されています⑵。

以上より,乳児院含む集団保育の場では 1 歳を過ぎて睡眠中に亡くなるケースも報告されており,集団の安全管理の点からも保育士さんによる健康観察(うつぶせになった子どもを仰向けにしたりする行動も含む)は,引き続き推奨されると考えます。ちなみに,あおむけで寝かせるメリットとし ては,子どもの表情が見えやすく,顔色や嘔吐の有無,よく寝ているかなどを観察しやすい点もあげられます。

一方で,私たちが忘れてはいけないのは乳児院の職員の皆さんはじめ,集団保育にかかわる皆さんのお仕事はとても大変だということです。私たちは社会全体として,その負担を認識しなくてはいけません。お昼寝時のチェックも省略できればよいですが,上記のような理由から,それは難しそうです。しかし,業務量を少しでも軽減する工夫も考えていきたいものです。最近ではIT などの活用も提案されています。たとえば無呼吸モニターの使用などは,多くの赤ちゃんを観察する集団保育の場では,その負担軽減と見落としを防ぎやすくなるメリットが期待されています。万が一 SIDS が起こったときの状況が記録として残っていれば,ご家族等とのトラブルを防げる可能性もあるためです⑷。使用については,機器が見守っている安心感から観察がおろそかになってはいけないという注意喚起もありますが,いろいろな選択肢をオープンに議論できればと思います。

(佐久総合病院佐久医療センター/坂本昌彦)

●文献●
⑴ 小保内敏雅:乳幼児突然死症候群と睡眠. 外来小児科 23:226—232, 2020
⑵ 小保内俊雅,他:安全で安心な保育環境の構築に向けて.日本小児科学会雑誌 121:1224—1229,2017
⑶ Filiano JJ, et al.:A perspective on neuropathologic findings in victims of the sudden infant death syn- drome:the triple—risk model. Biol Neonate 65:194—197, 1994
⑷ 仁志田博司:保育施設におけるうつ伏せ寝保育の問題(2).周産期医学51: 1554—1556,2021

おわりに

いかがでしたか?
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