インベーダ
「このロボットもようやくここまで完成させることができた。来きたるべき宇宙人からの侵略から我々地球人を守るための最強のロボットだ」
ある町のハズレにある小さな研究所で某博士が言った。それは、先見の明を持った博士ならではの、新発明だった。
いつ宇宙から侵略者が現れるかわからない。もし来た時にこの美しい地球を宇宙から攻めてくる侵略者から守りたい…。その一心で、博士はこのロボットを作り上げたのだった。
「後は…、地球人の純粋に澄み切った綺麗な血が必要だ。若く健康な青年の血がいいのだが。それを機械に認識させることで、地球人と宇宙人の判定を行うのだ。もちろんその他にもロジックはたくさんあるが、要かなめはこれだ。血は慎重に選ばねばな。だが…」
自分の血は、既に老いて濁っている。この血を使うことはできない。 博士の研究所には博士しかおらず、助手と呼ばれるような存在はいなかった。さらに友人と呼べるような存在もいない博士には、この血を入手することがかなりの難問だった。
「計算でなんとかなる事なら何とでもできるのだが、こればかりはな、どうしたもんか…」
その時、研究所の扉をトントンと叩く音が聞こえた。最初は雨の降り始めか、それとも動物が戯れる音かと思い、気にかけず無視をした。こんな町のはずれの寂れた研究所に訪ねてくる人なんていないだろうと。しかし、部屋の中を覗き込むように、もう一度扉をトントンと叩く音が聞こえた。
「誰だね。勧誘なら間に合っとるよ。とっとと帰ってくれないか」
博士は扉に向かって少し大きな声で言った。だが、その扉の向こうから返ってきた言葉は意外なものだった。
「あなたは某博士ですね。突然訪問してしまい申し訳ございません。実は博士が素晴らしい研究をしていると風の噂で聞いたものでして、何か私にお手伝いできることはないかと思い尋ねました。もちろん無給で構いませんし、本気で取り組みます。どうか、お願いいたします」
扉の向こうからは若い青年の声が聞こえてきた。博士はすぐにピンと閃いた。それは今まで博士を追い詰めていた問題が一気に解決するのではないかといった希望の閃光だった。
「声からすると君は若そうだ。酒やタバコはやるのかね。今までに大きな病気は?」
博士はハッとした。近頃の若い奴は少しでも怪しいものを察知するとすぐに逃げようとする。もっと優しく接さなければいけないと思い、言葉を続けた。
「なに、研究をする時には出来るだけ健康体の方が良いだろう。そう思い、少し質問してみただけだよ」
博士は相手の姿が見えない中、慣れない笑顔を扉の方に向けた。
「ええ、分かっていますとも。もちろんタバコも酒もやりませんし、大きな病気をしたこともありません。自分で言うのもなんですが、私は健康優良児だと思います」
博士は目を輝かせながら、扉に向かって、開ひらけと発声した。扉は気だるそうに、大きく歪んだ音を響かせながらゆっくりと開いた。
「さぁさぁ、すまないね。変な質問をしてしまって。入ってくれたまえ」
博士は、青年を逃さないよう研究所の中に手招きしながら、言葉を続けた。
「一応、念のため健康診断を先にすることになっとるから、それだけよろしく頼むよ。なぁに、簡単な診断さ。ちょいと血を抜くだけだ。今の時代、血さえ見れば何もかもが分かるからの」
「ええ、本当に便利な時代になりましたね。さ、早速血を取って下さいな」
某博士は蚊の針よりも細い針の注射器を、彼の腕にちくっと刺した。
「少しだけ多めに取らせてもらうよ。なんといっても健康が一番だからね」
「もちろんですとも博士。さぁ、早く血を取って研究の続きをしましょう。太古からの地球人の悲願と言っても良いほどの偉業を達成できるのは、博士しかいないのですから」
「うむ。そうじゃな」
血はみるみるうちに抜かれていき、博士の満足する量がすぐにタンクに溜まった。青年は血を抜かれた後もピンピンしていた。
「大丈夫かの。少し多めに取ってしまったが」
「ええ。こんなこと、地球と地球人の平和のためならいくらでも耐えることができますよ」
「何という素晴らしい青年じゃ。うむ、ではこれで研究の最終工程に入れる。実はな、この血が重要でな…。少しだけ研究に使わせてもらうよ」
「そうでしたか。では、とりあえず私が今日手伝えるのはこれくらいのことでしょうか。それとも、何か他にやることがあればなんなりと」
「うむ、そうじゃな。せっかく来てもらったところ悪いが、実はこの血を使うことでロボットは完成するんじゃ。ただ、君の協力無くしてはこの研究は完成に至らんかった。このロボット作成の貢献者として、君の名を記すことにしよう。地球を救った者として、後世にまで君の名は知れ渡ることになるだろうな」
「光栄です博士。では…」
青年は爽やかな笑顔で、博士に挨拶をして扉を開けて帰っていった。研究所の扉が重く歪んだ音を響かせ閉まる頃には、博士はロボットに血を与えていた。
「よしよし、これで完成じゃ…。まさか1番の難関だと思っていたものがこんなに簡単に手に入ってしまうとはの。人生、悪いことはせんもんじゃの。こうやっていつか良い形で返ってくるもんじゃ。さてさて、では最後の調整を。動けば最後。こいつは永久機関じゃからな。もし、何か間違いがあれば、それこそ恐ろしいことになる」
ロボットに配線を繋ぎ、プログラムの最終チェックを行った。博士は慎重な性格だったため、目を皿にしてプログラムの一文字一文字を丁寧に確認した。 確認作業が終わる頃には、夜は更けこみ、部屋の上部のはめごろし窓から、満月の光がロボットを不気味に照らしていた。
「よぉし。もう完璧じゃ…。これができれば今まで私を馬鹿にした奴らにもアッと言わせることができる。さぁて…、スイッチオンじゃ!」
...
「…ザザ…、最恐の殺戮ロボットは未だその力を衰えさせる様子を見せず、人間を恐怖のどん底へと…ザザ…。ここが奴に発見されるのも時間の問題でしょう。この電波の発信源を知られたらきっと…。だが、私たちは最後まで戦うのです。我ら人類は不滅…あぁ……たすけ…。」
ザザザとノイズを鳴らして、ラジオからは何も聞こえなくなった。これでもう、どの基地局にダイヤルを合わせても、何も聞こえなくなってしまった。だが、それに絶望するはずの人間は少し前に息絶えて、ノイズが流れるラジオの横で虚な目を空に向けていた。
地上は、人間の作った兵器による殺戮ロボットへの凄まじい攻撃と、それを超えるロボットの強力な攻撃で破壊した人間の兵器の残骸などで、荒れ果てた大地となり、文明は崩壊した。
惨劇は三日三晩で世界を終末へと導いた。もうどこからも、街を行き交う雑踏も、人間の笑い声も、泣き声も、怒鳴り声も、何も聞こえてこなかった。
聞こえるのは、荒れ果てた大地を気持ちよさそうに吹き抜ける風のささやかな音と、それに伴って巻き起こる小さな竜巻で擦れ合う枯れ葉の音だけだった。
殺戮の始まりから四日目の朝が来た。太陽はいつもと変わらずに、素知らぬ顔をしながら、地上を照らす範囲を少しずつ広げながら登り始めていた。
太陽がまだ完全に登りきっていない地上に、大きな人の形をした影が伸びてきた。伸びた影は少しずつ数を増やしながら、交叉したり、離れたり、縮んだりを繰り返した。その影の元から、もう何百年も聞いていなかったかのように懐かしく思わせる、人間の笑い声が聞こえてきた。
「地球人の悲願がやっと達成されたな。全部君のおかげだよ」
「あぁ。私の血をロボットに与えることによって、侵略者を殺戮する…。あのロボットは少しの狂いなく、それを遂行してくれた」
「奴ら、何が起こっているか全く理解できていなかったようだな」
「それもそうだろう。奴らの祖先がこの美しい地球を見つけて侵略してきたのは遠い太古の話だからな。まさか自分達がこの地球を侵略してきた宇宙人だなんて、夢にも思っていなかっただろうよ…」
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