【怖】元狼少年
「オオカミだ! オオカミが来たー!」
ところが村人は誰も助けに来てはくれません。村人たちは、きっと羊飼いがまた嘘を言っているなと思ったのです。
オオカミは鋭い目つきを羊飼いに向けながら唸り声をあげて、羊を一匹ずつ捕食していきました。
「どうして誰も助けに来てくれないの」
羊飼いは泣きながら、立ち尽くしていました。
とうとう羊は一匹もいなくなり、腹の膨れたオオカミは満足そうにどこかへと立ち去っていきました。
何もいなくなった高原に立ち尽くした少年は、天に向かってこう言いました。
「神様ごめんなさい。もう嘘はつきません」
羊飼いは泣きながら空へと誓ったのでした。
その時、天上世界では神様が偶然にも少年の誓いを聞いていたのだった。
「神への誓いは一度立てたら最後、二度と崩すことはできんぞ少年よ。君はこれから一生嘘のつけない体になるのだ」
神様は両手を地上へと向け、淡い光を放った。
高原を吹き抜ける風が、泣いていた少年を優しく包み込んだ。昨日まで一緒に遊んでいた羊たちはもういない。そう考えるだけで、また涙がポロポロと出てきた。
その時、空から温かな光が少年に降り注いだ。それは太陽の光とはまた違った、不思議な光だった。
「きっと、神様がもう泣かないでと僕を癒してくれているんだ」
そう言って立ち上がり、涙を拭った。
「村人の皆にも謝らないと」
少年はもう一度空を見上げ、駆け足で村へと戻っていったのだった。
あれから、幾つかの年月が経った。少年はすっかり大人になり、仕事や遊び、そして恋するということを覚えていた。
ある日、彼は仕事が終わり、いつもの帰路についていた。この道は電灯が少なく、暗い夜道だった。だが、今日は満月のお陰で少しばかり明るかった。
ふと、少し先の方に気配を感じて見つめてみると、何本か先の電灯の下に、一人の女性が少し俯いて立ち尽くしているのが見えた。
彼は、少し訝しそうに女性の方を見たが、その横顔を見た瞬間、彼の警戒心はパッと消えた。
そう、電灯の明かりに照らされた顔がどこか儚げで、とても美しかったのだ。
何故一人でこんなところに。まさか失恋でもしたのだろうか。そんなことを考えながら女性の目の前をとても緊張した様子で通り過ぎようとした。体から嫌な臭いはしないだろうか、髪型は決まっているだろうか、歩き方はおかしくないだろうか。そんな余計なことばかり考えて体はカチコチになっていた。
こんな人と付き合うことができたらきっと幸せだろうな。そんな妄想が一気に頭の中を埋め尽くした。
しかし、彼は見知らぬ女性に声をかける度胸なんてものを、一つも持ち合わせていなかったのだ。
「ねぇ」
思いもよらない声に、彼の妄想は一気に吹き飛び、頭の中は真っ白になった。この声は自分に向けてかけられているのだろうか、いや、まさか…。そう思いながら周りを見渡した。だがここには美しい女性と、彼以外、誰もいなかった。
半ば動転しながら、これは自分にかけられている声だと確信して彼は答えた。
「は、はい。なんでしょうか」
女性の顔を近くで見ると、口元こそ布で隠されていたが、空に浮かぶ満月も嫉妬するほどの美しさだった。
そして彼女は彼にこう問いかけた。
「私、キレイ?」
女性の声はとても美しい旋律を奏でているようで、森林で美しく囀る鳥も羨むほどに透き通っていた。
彼はその声にうっとりしながら、答えた。
「ええ、とても」
すると、彼女の目は柔らかなアーチを描き、こう言った。
「これでも…?」
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