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変わってしまった生活空間とイメージマップ-COVID-19と都市計画 その5

 建築や都市計画で、かつてはよく使われていた「認知マップ」あるいは「イメージ・マップ」という研究の方法があります。「イメージ・マップ」を画像検索すると、自分のやりたいこと書き連ねていくマインドマップなるものが引っかかってきますが、それとは違い、例えば普通の人たちに「あなたの街の地図を書いてください」とお願いをして書いてもらった地図と、実際の空間の違いを比べて、空間認知の特徴を探り、それを実際の空間設計にフィードバックするという方法を指します。地理学でもよく使われる方法だと聞きます。(地理の場合は「探る」までで研究をとめてしまうことがほとんどですが)。

 この方法のパイオニアは、ケヴィン・リンチというアメリカの都市計画家で、1960年に刊行された「都市のイメージ」という書籍はこのことを扱ったものです。都市計画の名著の一つであり、かの丹下健三と冨田玲子さんが1968年に翻訳しています。翻訳年から分かる通り、私(1971年生まれ)ですらこれを同時代的な計画論と受け取ったことはなく、授業で軽く教えるくらいで、現場では使ったことがありませんでした。
 リンチの理論は、いくつかのウェブサイトで確認することができますが(これを機会に書籍を読み直そうと思ったのですが、図書館が閉まっており、私もウェブで再確認しました)、アメリカの3つの都市に住む普通の人たちに「都市の外から来た人に、都市の様子を説明するための、全ての要素を含んだ都市中心部の絵を描いてください」とお願いをして、絵を描いてもらい、そこで現れてきた要素を分類したものです。
 どういうふうに分類したのかというと、パス(道筋)、ノード(交通の結節点)、エッジ(海岸や崖などの境界)、ディストリクト(特徴的な地域)、ランドマーク(目印)の5つの要素で分類しました。直感的にも理解しやすい優れた分類で、学生時代の私なりの雑な理解は、この5つの要素に注目してキャラにをしっかり立てることによって、その都市は多くの人にとってユニークなものになるので、それを都市の設計にフィードバックしていこう、ということでした。
 ちなみに、これまた20年くらい前にある年長のプランナーの方に伺ったことですが、リンチの理論が受容されるときに、これは車に乗ることが当たり前になっている人たちの空間認識、つまり自動車社会の理論ではないか、日本にはうまく適用できないんじゃないか、という議論があったそうです。確かに、ハイウエイで車をぶっとばして知らない都市に訪れる時に、こういうふうに空間を認識している人は多そうですし、逆にこの類型にそって的確に空間情報を提供すれば、多くの人を迷わせないでナビゲーションできそうです。ですから、この5つの分類は普遍的なものではなく、社会の前提が異なる時には違う類型になるのかもしれません。その普遍性を問い直すような膨大な研究は、おそらくその後の日本の建築学界の中でも行われていると思います。

 言うまでもなく、COVID-19で私たちの生活空間は激変してしまいました。いや、空間そのものは全く変化せず、空間に対するイメージが激変してしまいました。適切な空間の使い方をどうやったらナビゲーションすることができるのだろうか、そこにどういうデザインをほどこせばよいのだろうか、そんなことを考える時に、同じような作業が有効なのだと思います。
 例えば「都市の外から来た人に、COVID-19に適応した暮らしの空間を説明するため、あなたの都市の絵を描いてください」という作業を何人かの人でやってみると、共通する要素が見えてくるはず。たとえば、信頼できる少数の人と閉じこもる「ホーム」とか、こまめに消毒ができる「ゲート」とか、感染覚悟で突っ込んでいく「パチンコ」とか、そんな類型が出てくるんじゃないかと思います。

 それを現実の「COVID-19に対応してどういうふうに都市が使われたか」という情報と重ね合わせてみることで、「安全なのに評価されていない場所」や「リスクが高いと思われてるのに使わざるを得ない場所」などが浮かび上がってくるはず。
 例えば小学校区に一つくらいはPCR検査を受けられる場所をつくろうとか、コンビニにマスクの配給スポットをつくろうとか、もう少ししたら、密度論などの計画理論に基づいて、COVID-19に対応した都市デザインが動き始めると思います。その時に、計画理論に基づいて配置することは、配給側の論理としては重要ですが、都市に暮らしている、様々な状況の人たちが「あのへんに、あれがある、だから安心」っていう感じを共有できる状態も重要です。
 ご存知のとおり、パンデミックだけでなくインフォデミックを懸念する議論も多くあります。それを防ぐためにも、安心な空間で暮らしが組み立てられるというイメージと、実空間をできるだけすり合わせていくということが求められるんじゃないかと思います。もちろんイメージだけで空間を作ってしまうことは危険なので、密度論などの計画理論を組み立てることは忘れてはならず、それと丁寧に重ね合わせる作業が重要になってきます。

 今週から大学の授業が始まり、学生たちとイメージマップを描いてみるという作業なんてできるといいなあと考えているところ。絵は、ステイホーム中の自分の生活空間で、私はこれくらいは安心ってイメージしているわけですが、人によって違うんだろうなあ。

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