見出し画像

第4回 フリーランスと労働者概念

1.持続化給付金の意義
 コロナのために仕事を失った個人事業主やフリーランスに対して、持続化給付金が支払われている。要件や手続きの煩雑さについて様々な批判もあるが、生活保障の対象を雇用労働者に限定しないこの度の施策は、比較的迅速であったことも含め、評価されてよいと考える。この種の立場で働いている人は、転職が容易なものとはならない可能性が高く、結局、家族の扶養に頼るか、生活保護を受けるという事態になりやすいものであろう。当面の生活を保障することで、再起への意欲ときっかけを与えるようにすることは、仮に行き過ぎた保護など、多少のロスはあったとしても有意義なものであると思われる。

2.増加し続けるフリーランス
 日本におけるフリーランスの数は、一昨年段階で1,119万人と試算されており、すでに労働者人口の17%を占めるまでになっている。もっとも、アメリカでは、10年内にフリーランスの数がノンフリーランスを上回る(フリーランスの定義が日本と同じであるかは不明)ともいわれており、日本でも今後増え続けることは間違いなかろう。フリーランス増加の背景には、若者の組織離れがあると思われる。かつて、雇用の場における組織離れという言葉は、労働組合に加入しない者が増えたことを意味していたが、皮肉にも現在は「会社」そのものから離れることを意味するものとなってしまっている。「労働」につきまとう指揮命令は、若者には煩わしいものに感じられるのかもしれない。また、サービス残業、パワハラ、年休取得困難など、雇用労働に伴う抑圧のイメージが若者を遠ざける要因となっている可能性も否定できない。

3.保護が困難な理由
 「労働者離れ」が進んでいるにもかかわらず、働く人に対する保護は依然として労働者のみを対象としている。準委任や請負などの形で労務を提供する契約について、包括的に規制をすることは難しく、ましては近年増加している委託者と受託者が一度も会うことなく、ネットを通じて成果と報酬をやり取りするといったケース(ギグワーカー)においては、実態を把握することも難しく、規制という概念自体が成り立たない可能性もある。しかし、上記のように、こうした労務提供が急速に広がっている現状について、これを放置して良いとは思えない。アメリカ・カリフォルニア州では、ギグワーカーを労働者とみなす取り扱いをしていると聞くが、実際にどれほど捕捉しているのかは怪しい。日本において、「労働」の概念を拡張することに限界があるとすれば、多くの場合附合契約となっている約款への規制やこうした労務提供に対する独自の保護立法を制定するしかない。

4.「労働者性」判断の微妙さ
 このような考えに至るには理由がある。労働保険審査会における再審査請求事件の中には、労働者性が問題となるケースが少なからずある。労災被災者が労災保険法上の労働者であるといえるか否かの判断は、未だ昭和60年に労働基準法研究会が策定した「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という報告書に基づくこととされている。同報告書は「使用従属性」に関する判断基準として、契約への諾否の自由の有無、指揮命令の有無、拘束性・代替性の有無、さらには報酬の労務対償性などをもって判断することとし、さらに、機械用具の負担関係、報酬の額、専属性の程度などの実態をもって当該判断を補強することとされている。当事者の意思や約定などの形式ではなく、労働の実態を重視するという点において妥当かつ合理的な基準ではあるものの、実際の判断においては、各要素が労働者性を肯定しうるものと否定されるものに分かれてしまい、判断は微妙なものとなることが多い。労働者と判断し得るか否かは、どの要素をどの程度重視するかという心象に委ねられることになりやすく、その差は薄皮1枚といった場合さえある。つまり、「労働者性」の判断は必ずしも明らかでない場合があるにも関わらず、労働保護立法や社会保険の適用の可否といった当該判断の効果は、極めて大きなものとなるのである。

5.フリーランス保護は必要な社会的コスト
 このような議論を持ちかけると、必ずと言ってよいほど、無用な規制はすべきではないとの意見が出てくる。例えば、経済学的な視点からは、フリーランスにも市場があり、競争力のあるフリーランスは奪い合いとなり、高い報酬を得ることとなるであろうから、法的な保護などの必要はなく、そもそも本人の自由な選択による生き方であるから「余計なお世話」をすべきではないといった意見が出てきそうである。確かに、フリーランスやギグワーカーの中には、上記のような「労働者」となることによる様々な束縛から逃れたいという積極的な選択をする者も少なからずいるであろうが、仮にそうであったとしても、この度のような騒動が生じると、生活を維持させるために持続化給付金100万円を支給するといった社会的な保護策を講じる必要が生じる。職を失い生活保護を受けることになるか、精神的な病気になってしまうと、貴重な労働力が失われるうえに、社会的なコストもさらに大きなものとなるからである。

6.加速する可能性のあるフリーランス化
 コロナ騒動以前から労働者の働き方は激変しているが、さらに在宅勤務が推奨され、副業・兼業することさえ積極的に認めようとする動きになっている現状において、契約形態もしくは働き方が「労働者的」であるか否かにおいて、法的保護に著しい差を設けることに合理性があるかは疑問がある。
在宅勤務が一般化すれば、企業としては当人を労働者として位置付けておく必然性は小さいと考えるようになる可能性がある。一定の任務を果たすことを約して労務を提供してもらえばよいと考えれば、社会保険料等多額の負担を生じさせる労働者と位置付けるより、準委任や請負の形態で契約する方が安上がりであり、少なくとも手間はかからないこととなる。すでに、フランチャイズやベンチャーと称して独立事業者として運営させながら、一方で各種の指示下においていることが法的な問題となっているケースがあるが、フリーランスについても事実上指揮命令をされているケースが少なからずあるものと推認される。

5.まずは、労働保険・社会保険の適用を
近年、非正規労働者や派遣労働者に対する保護は拡張され、また、社会保険への加入資格については短時間勤務の労働者も対象にするといった方針が徹底されてきている。同一労働同一賃金の原則も次第に浸透してくるものと予想され、非正規労働者等の立場や処遇は、ある程度改善されていくものと予想される。ところが、フリーランスや独立事業者を保護する政策は進まず、契約自由の名のもとに放置されている状態となっている。もちろん、契約違反や不正行為などがあれば、事後的に救済することは可能であろうが、往々にして弱い立場となっているフリーランス等において、事後的な救済を求めるといった発想に至らないことは多々あるものと思われる。
労働関係において労使間にトラブルが生じた場合、労基法や就業規則がある以上、当事者間の雇用契約は実質的に意味を持たなくなる場合が少なくないが、民法のみが頼りとなるフリーランス等の契約の場合には、当事者間の合意内容が決定的な意味を持ちやすい。この度、持続化給付金の支給というフリーランス等を具体的に保護する政策が取られたことを契機として、法的保護のあり方を検討すべきであると考える。少なくとも、労災保険、雇用保険、及び厚生年金等の社会保険への加入について、委託者の負担を含めて検討されてしかるべきではなかろうか。労災保険については、加入の可能性を検討するとの報道があったが、特別加入の枠を広げるというイメージを持たれているようであり、広がりを持つとは思えない。
この点、企業経営者の方においては、負担が増えることに違和感を持たれるかもしれないが、急速な少子化が進んでいる中、若年層の生活困難は社会の活力低下に結びつき、ひいては企業の将来を危うくすることになることを理解すべきではないかと考える。
なお、本メルマガでは、利益代表者がおらず、声を出す機会のない人たちの叫びも捉えて語っていきたいと考えている。

ここから先は

0字
職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?