第33回 年次有給休暇の取得率を引き上げる方法
1.在宅勤務への期待と不安
コロナ禍が収束した後、定着しつつある在宅勤務がそのまま拡張していくのか、大いに興味を持っている。もし、在宅勤務がこのまま拡がりを見せれば、日本人の生き方は大きく変わるのではないかとの期待があるからである。都市部への人口集中、ラッシュアワー、育児に参加しない男性、地域のつながりの希薄化など、働き方そのものに関わらない社会問題への波及効果も小さくないと考えられる。生き方を変えるためには、働き方が変わらなければならず、働き方を変えるには会社が変わらなければならない。
もちろん、問題がそう簡単でないことは理解している。日本の多くの会社員は、組織の一員であることにアイデンティティとプライドを持っており、そうした連帯感が推進力となって会社を支えてきたと言える部分がある。関係性が希薄化する可能性のある在宅勤務に労働者が真に満足するのか、在宅勤務が仕事を家庭に持ち込むという状況を生じさせ、過重労働を加速させる結果を生むことはないかなどの不安もある。もし在宅勤務が拡がりを見せてきた場合には、仕事と家庭生活との間にメリハリを持たせるための指針等が必要となろう。
2.仕事から切り離される不安
仕事は、生活の一部であるから、楽しくもあり、やりがいも生じてくるものである。仕事が生活を覆いつくすことになると、当人や家族のみならず、会社の業務執行自体も崩壊に向かうこととなる。過労死事件における労働実態を見ていくと、平日の深夜まで及ぶ長時間労働が心身に大きな負荷をかけることは言うまでもないが、休日労働やインターバルの短い連続勤務が決定的な原因になっていると思われるケースが少なくない。同じことを連続して行うことは、仮にそれが好きなことであったとしても苦痛になるものであるが、義務感に苛まれ、仕事に執着する人は、切迫していないにも関わらず休日に会社に行くといったことがある。人は労働から切り離された時間を持つことによってのみ、次なる労働への意欲は湧いてくるものであると思われるが、ある領域を超えてしまうと、労働から切り離される不安がすべてを支配してしまうといったことになるようである。今回は、こうした状況に至らないよう、労働者が休暇を取りやすい環境をいかに作るかについての話をする。
3.向上しない年休取得率
仕事が楽しくて仕方がないという一部の人を除けば、長期休暇を得てリフレッシュすることは、新たな気持ちで仕事に向かうための絶好の機会となるはずである。ところが、日本の場合、月単位で長期休暇を取るなどということはほぼあり得ず、年次有給休暇でさえ、その取得率の低さは数十年にわたって問題とされる状況にある。会社の有給休暇の取得率は50%前後であり、この30年間ほとんど変化していない。1987年の労働基準法改正の際には、労働時間の短縮と共に年次有給休暇等の休日・休暇の付与日数増加及び取得率アップが目標とされたが、少なくとも年次有給休暇の取得率アップはもはや絶望という状況にある。この期間、何度かの法改正により労使に取得を促すための施策が講じられてきたものの、見事といえるほど効果なく沈んでいるのである。もっとも、近年、会社によっては、夏季休暇や年始休暇といった形の休暇制度を設けてきており、年休でなければ休暇は得られないという状況でなくなっていることも影響しているかもしれない。とはいえ、ほとんどの労働者は、賃金が支払われながら会社を休めることにメリットを感じないとは思われず、やはり、何らかの事情により有休を取ることをためらっていると考えることが相当であろう。
4.年休を取得できない理由
年休を取得しない理由に関するある調査(BIGLOBE 2017年7月31日 インタネット調査)によると、理由の第1位は、「職場に休める空気がない」(33.6%)であり、第2位を10ポイント以上も引き離している。もっとも、第2位が「自分が休むと同僚が多く働くことになるから」(22.9%)、第3位が「上司・同僚が有給休暇を取らないから」(22.3%)といったものであり、ほぼ第1位の「休める空気がない」に等しいものであることを考えると、有給休暇の取得が進まない最大の原因が、職場の雰囲気・環境にあると言い切ってよさそうである。「誰も休もうとしないから、自分も休みにくい」という感覚は、多くの日本人には理解できるものであろう。余った年休については、買い取ってほしいという意見も多いことに照らすと、多くの労働者は、もはや使い切れないと諦めてしまっているのであろう。
5.年休付与義務を定めた法改正の限界
平成31年4月より、使用者には、法定年休10日以上の権利を有する労働者に対して、5日間については確実に取得させることを求める法改正が成立しているが、取得率の向上に結びつくかは疑問である。正規雇用労働者についていえば、年休取得の権利があることは知っており、また使用者もこれを取得させることに消極的であるというわけではない。上記のとおり、問題の本質は「会社の空気」であり、それは必ずしも使用者が醸し出しているわけではないものと思われる。
6. 実行されている年休取得率向上策
では、どうすれば年休の取得率は上がるのであろうか。おそらく、こうしたことに問題意識を持つ会社においては、上司が進んで年休を取得する、年休取得にかかる手続きを簡素化するといったことを行っているものと思われる。上司が、保持している年休日数を使い切るつもりで休む、取得の手続きについてはメールによって担当者(人事・労務担当)に送信するだけとし、時季を変更する必要があるときのみ折り返して連絡するものとするなど、徹底した手法を取れば、こうした方法でも取得が進む可能性があると思われる。しかし、仕事量が変わらない中で、年休を取得することはその後の自分の仕事を多忙にしてしまうといった状況にあると、やはり大胆に取得することはできないものとなるであろう。
7.休暇を取っている人ほど仕事効率が高いという意識
年休取得をためらわせる最大の原因は、上記の調査から明らかなように、周囲の目、言い換えれば周囲の評価である。それは、必ずしも人事評価といった上司からの評価を意味するものではなく、同僚、取引先、顧客、ご近所、さらには家族を含めた様々な関係者の目である。日本の場合、会社を休み過ぎる人は、無用ないしは補助要員とみられがちであり、肩身の狭い思いをするといったことがある。そこで、こうした負の要素に繋がる意識を変えるには、年休取得をプラスの意識に変えるしかない。例えば、年休を多く取得した者については、評価において加点を加えるという制度を作ることが考えられる。年休を取らずに頑張っている労働者がいると、こうした方法を採用することは難しく感じられると思うが、この方法は労働に対する意識転換を促すきっかけにもなるものと思われる。年休を取得せずに頑張っている人が、真に相応の成果を上げ、会社に利益をもたらしているであろうか。もし、年休を取得している人と同程度の成果であるとすれば、労働効率が悪い、能力のない人ということになるであろう。また、年休も取らずに頑張ってくれる人を評価したいという風潮があるとすれば、その職場は達成すべき目標において団結する組織ではなく、経営者に対して努力や献身を見せるパフォーマンスの場と化してしまっているといえるかもしれない。
もちろん、年休取得に伴う業務の累積に対する対応策は必須である。上司との連絡・調整のもと、他の労働者に分業させる体制を作ることが必要であろう。こうした分業体制は、労働者の業務の集中度を周り者が理解するきっかけにもなるであろうし、一人の労働者に極度に業務が集中し、引き継ぎが難しくなる、不正の発覚が遅れる、そもそも本当に忙しいのかが分からないなどといった弊害を避けることができる点においてもメリットがある。
8.年休取得向上策の難しさ
年休の取得率向上というテーマは、労働政策の難しさを表す典型的な事象であると思われる。使用者の義務を強化し、取り締まりを徹底すれば取得率は高まるかもしれないが、今後も労働者不足が続くことが予想されるなか、社会の混乱や経済の停滞が生じる懸念がある。経済的な豊かさを犠牲にしても、時間的なゆとりを求めるという意識の変革が必要となろうが、コロナ禍で日々の生活に苦悩している人が多くいる実情を鑑みると、仕事にしがみつくこともやむを得ないと認識せざるを得ない。せめて、命を犠牲にすることだけは避けられる社会になって欲しいと願うだけである。
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アフターコロナの雇用社会と法的課題
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