第22回 使用者が退職者の求職者給付請求に関心を持つべき理由

1.はじめに
 雇用調整助成金(以下、「雇調金」という)の特例が、来年2月末まで延長されることが決まった。第3波が押し寄せ、深刻さを増しているコロナ禍の現状を鑑みると妥当な判断であると言えよう。以前に述べたとおり、この度の雇調金による膨大な支出は、いずれ保険料の引き上げという形で事業主(もしくは労使とも)に跳ね返ってくるであろうが、致し方ないと言わざるを得ない。延長の期間が来年3月末までではなく2月末までとされていることに、当局の苦悩の一端を見て取れるが、はたして同時期を期限として打ち切ることができるかは予断を許さないものであろう。
 日本人は、税や保険料がいくらであるかという支出に対しては敏感であるものの、それがどのように利用されているかについての関心は薄い。この点、事業主も同じであり、労働保険の使用者負担分について高いとの認識はあるかもしれないが、それがどのように支出されているかについて関心を持つ事は少ない。労災保険制度においても雇用保険制度においても、事業主は被保険者ではあるものの、受給権は労働者に存するものであり、保険給付の収受については第三者的な立場に過ぎないと考えられてきたためであると思われる。

2.求職者給付の延長制度の影響
 ところが、労災保険については、状況が一変しつつある。過労死や精神障害に対する労災認定例が増大するにつれ、事業主が当該認定に疑義を抱き、処分の取消しを求めるという例が増えている。この問題については、行政機関の対応や裁判例を含めて、次回以降に詳しい話をしたいと思うが、実は、雇用保険の求職者給付についても、事業主が傍観できない事態が度々発生している。背景には、雇用保険法が、失業者に対する生活の維持ないし支援を超え、政策立法として様々な制度を追加してきたことにある。特に、2000年及び2009年の雇用保険法改正によって創設された特定受給資格者と特定理由離職者の制度は、内容が周知されていくにつれ、労働者からの申立てが増大している。仮に申立てが認められると、失業に至った理由について公的機関が認めたという形となり、それを契機として従前の事業主に対して何らかの請求を行うという事態に発展することがある。
 今回は、どのような事情の下にいかなる請求をされる可能性があるのかを解説する。

3.雇用保険法上の被保険者資格を巡る事業主の申立て
 まず、求職者給付の請求においては、上記法改正とは関係なく当該受給者資格そのものについて、従前の事業主との間でトラブルになることがある。10年程前であるが、会社との間で委託販売員として契約をした二人が、実際には労働者であったとして雇用保険法上の被保険者資格を求めたところ、職安所長がこれを認めたために、当該処分について会社側が不服申し立てをするという事件があった。雇用保険の受給者資格に係る不服申立ては事業主側からも可能とされており(当時、私は知らなかった)、当該二人の労働者性について、当人らは利害関係者という形で参加して審理が行われることとなった。処分庁である職安は、二人の労務従事の実態や契約書に記載されていない助成金が支払われていた事実を捉え、労働者性を認めたものであるとし、これに対して会社は、指揮命令はしていなかったことや諾否の自由があったこと、さらには恩恵的に支給していた助成金を理由として労働者であるとの主張をすることは本末転倒であるなどとして取消しを求めた。結局、審査会は会社側の主張を退け、労働者性を認めるとの判断を維持したのであるが、私自身は、同判断がもたらす影響について不安を抱いたことを覚えている。なぜなら、当事者である二人の販売員は、裁判によって労働者性を認めるよう求めたのではなく、雇用保険の被保険者資格があることを確認するために職安に判断を求めたに過ぎないものであるが、そこで労働者であったとの判断を得たことで、今度は裁判により過去に遡って各種の請求(時間外手当や賞与の支給等)をすることになるのではないかと感じたからである。もちろん、裁判所が職安及び審査会と同じ判断をするとは限らないが、労働者性を認めるとの行政処分が下されたという事実は、有力な主張理由となることは間違いなかろう。雇用保険に関連する会社からの再審査請求は少なかったものの、委任契約とされていた者が退職後に労働者であったと申立てるケースは、シルバー人材センターにて労務に従事していた者など、何例かあったように記憶する。

4.特定受給資格者の要件とその問題点
 特定受給資格者であるとの主張において、事後に問題となる可能性のあるケースは、「解雇」等により離職した者に該当するか否かの判断である。基準では、「自己の責めに帰すべき重大な理由」によらない解雇や契約締結に際して明示された労働条件が事実と著しく相違した場合などにおいて、特定受給資格者と認められるとしているが、少なくとも審査会にまで持ち込まれる事件においては、その判断が難しいものがあった。そもそも労働者の責めに帰すべき解雇であったか否かについて、労使双方が同意していることは稀であると考えられ、また、労働条件が事前の約束と著しく異なるか否かも、多くの場合見方によって異なるものとなる。さらに、「解雇」等により離職した者という範疇には、職種転換に対する配慮不足、就業環境が著しく害されるような言動を受けたこと、退職するよう勧奨を受けたことなどといったものが含まれるとされており、会社を退職した者が、実は嫌がらせや退職勧奨があったためにやむを得ず退職したものであり、「解雇」等に該当するといった主張を行うことが多くあることは、容易に想像できるものであろう。

5.特定理由離職者の要件とその問題点
 同様の問題は、特定理由離職者においても生じる。特定理由離職者とは、本人の希望に関わらず雇止め等により離職を余儀なくされたものをいうとされているが、特に問題となるのは、「期間の定めがある労働契約が満了し、かつ、当該労働契約の更新がないこと(その者が契約の更新を希望したにもかかわらず、更新についての合意に至らなかった場合に限る)」という場合である。労働契約が更新によって3年以上続いている場合には、特定受給資格者に該当するか否かの判断になるため、この基準によって特定理由離職者と認められるか否かは、6か月以上(受給資格が得られる被保険者期間)3年未満の期間雇用されていながら、更新を拒否された者となる。問題であるのは、更新について合意に至らなかった理由は構成要件とされていないため、例えば、更新拒否の理由が労働者の不正行為や著しい職務懈怠であったなど、事業主側からの視点では労働者側に原因があったというケース(それを証する機会や必然性がない)でも、特定理由離職者に該当することになってしまう点にある。

6.不合理な制度が維持される理由
 雇用保険は政策立法であり、失業等給付に係る保険料は労使が折半しているものであることから、多少の問題があったとしても、不遇な状況に至っている労働者(失業者)に対しては、できるだけ手厚い保護を実現すべきだとの意見はあり得よう。しかし、仮にそれを是認するとしても、1つの法制度による判断が他の法的な問題を惹起してしまうことを容認することはできないものであろう。リーマンショックと民主党政権という2つの不幸な時代に生まれた奇妙な制度は、何ら見直しされることもなく10年及び20年を経て、現在に至っている。一旦労働者に有利な制度が成立してしまうと、これを改変するには大きな政治的エネルギーが必要となる。大衆民主主義が浸透してしまった現在、そうしたエネルギーが生まれるとは考えづらく、制度は矛盾を抱えたまま維持されていくであろう。

7.求められる事業主として確認
 職安の現場感覚においては、自己都合退職か会社都合退職かの判断さえ困難であると感じられていたと推認されるところ、当事者しか分かり得ないような事実について、時間も人員もないなかで判断を求められることとなった。労働者(失業者)からの再審査請求事件を見ると、ほとんど何らの証拠調べもせず、当人の話だけで判断をしているようなケースも見受けられた。そうした状況において、職安所長が、請求人の申立てを認めて、「解雇」等に該当するもしくは合意に至らない更新拒絶であったといった判断をすると、当該請求人は、解雇無効もしくは就労し得なかった期間に係るバックペイを求めるといった請求を行う可能性が生じる。また、嫌がらせや退職勧奨による離職であったとの判断を受けて、精神障害の発病を理由に労災請求をしてきた例もあったように記憶する。
 事業主としては、職安から事実確認の問い合わせがあった場合には、証拠を含めてしっかりとした対応をすべきであるし、また、不当な判断がなされた場合には遅滞なくその情報を得て、審査請求をすべきである。この点においても、弁護士及び社会保険労務士に期待される役割は大きい。
 コロナ禍による大量失業が予想される現在、将来に禍根を残すような訳の分からない制度が生まれないか、しっかりと見守る必要もある。

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