明け方のわたしたち
何時だろう? 直人の気配にはっと意識が現実に戻ってくる。なにか夢をみていた。たくさんの動物たちに囲まれている夢だった。その中の動物に食べられそうになっているときに目がさめた。けれど目ざめた側からその夢の色彩も感覚も徐々にわたしの中から忘れていく。夢っていうのはいったいなぜみるのだろう。直人は、あ、起こした? とメガネを床にことりと置いていい、わたしを抱きしめた。裸のわたしを。直人はわたしを触りわたしの中に容赦無く入りそして欲望を吐き出してから出ていった。カーテンの向こうはもう白みがかっている。直人は欲望と引き換えに睡眠を取り戻してスヤスヤと眠りに入っていった。
何時だろう? スマホにてを伸ばすとあれ? 画面が真っ黒だった。充電が切れていたらしい。布団の上にある充電器をスマホに差し込む。そして直人のスマホを見ようと立ち上がりスマホを見る。4時30分と表示されていておもてがあまりにも明るいのでその時間におどろく。すっかり眠気がさめてしまった。冷蔵庫を開け、ハイボールに手を伸ばす。プシュと景気のいい音がし、窓際に行き口をつける。冷たいアルコールが喉を通り胃に落ちていくのがわかる。この時間でも明るいんだなぁとおもう。冬だったらまだ真っ暗だ。夏がこうゆう感じで近づいてきているのがわかる。また布団に戻る。直人はとてもお行儀良く眠る。ツタンカーメンみたいに。寝顔をまじまじとみつめる。眠っていてもかわいい顔をしている。起きていてもかわいいけれど。かわいいねなんていえないけれど。直人はわたしにとってほとんど弟のような感覚のそれだ。会社では部長なのに。
「なおちゃんはさ、わたしのことどうおもってんの? 好きか嫌いかでいうならどっち?」
夕方。冷凍のビザを食べているときになんとなくそのような話になり質問をしてみた。
何割くらい好きかでもいいよとつけ加える。
なんわり? と直人は繰り返す。笑いながら。そんなこと取るに足らないという感じで。
いやに長い沈黙のあと、やっと口を開く。ため息と一緒に。
「五分五分」
「え?」
だから、といい破顔する。なにそれと笑うのはわたし。返事なんて最初から期待などしていない。
「ゴムゴム?」
冷めたピザを手に取り口の中に入れて、チーズが固いなといいながら眉間にシワを寄せる。
「それはさ、ワンピースだろ」
「ワンピース? とは?」
ゴムゴムにワンピース。意味が全くもってわからなかった。あとでその意味を知ったが。
「俺もよくわからないよ。けれど嫌いなら嫌いっていうし。俺さ、そんなに人間が出来てないし」
わたしは最後に残ったピザのピースを手に取り直人の言葉をひとつひとつ聞いていた。そうだよなとおもい、いや待て待てそれ違うだろともおもい、まあ流れるままかと最後にそう落ち着いた。
わたしたちはただ明け方にあるたった短い時間だけ欲望と手を繋ぎそして手を離す。明け方だけが素面だからだ。そこには言葉はない。あるのは甘い吐息とシーツの擦れる音だけ。静寂な部屋に訪れる些末な時間。それだけで十分かもしれない。言葉を交わすより唾液を交わした方がいいし、洋服を着てただ喋っているより裸で無言のまま抱き合っていた方が何十倍もいい。どれが正解でどれが不正解なのかわからない。けれど人間あるいは男と女に生まれてきた以上、男と女でしか出来ないことをたくさんしないといけないのだ。もったいない。それを愛と感じるのならそれは愛でも構わないし、愛だとおもわないのなら愛ではないのだろう。
起きるともうお昼を過ぎていた。まだ眠かった。直人もまだ横で眠っている。そしてわたしの手を握っている。大きくて無骨な手が。動かしたいのに、動かせない。トイレに行きたいのに動かせない。起きてくれないかな、わたしは願う。そうしたら、おはよといい手を解いてトイレに向かうのに。
おもてからはなにも音がしない。わたしたちだけが世界に取り残されたようにも感じそうであって欲しいかもしれないなともおもう。
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