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【お城巡り】江戸城

 江戸城は、徳川幕府中枢の巨城であるにも関わらず、お城巡りとしては、それほど話題に挙がりません。
 天守が残存していないからでしょうか。
 しかし、よく観察してみると、とても魅力満載のお城です。

 江戸城はとても広大なので、江戸城の全体像を説明するのは難しいでが、ざっくりと言えば、東京都千代田区の範囲と考えて良いかと思います。
 大きくは、内郭と外郭の2つのエリアで構成されています。

内堀エリア(内郭)

内郭の範囲

 内郭は、内堀で囲まれたコアエリアで、一般的に江戸城と言えば、この内郭を指します。
 内堀にかかる橋を渡り、門を通ると内郭です。
 東西南北の代表的な門は以下の四つで、それぞれ魅力満載の特徴的な地域となっています。徒歩でぐるっと一周歩くと、なかなか面白いです。

⭐️北の"田安門"
 国の英霊が祀られている"靖国神社"や、武道の聖地"日本武道館"のある九段下エリアは、独特の雰囲気をもつ街です。

⭐️東の"大手門"
 大手銀行本店ビルなどが建ち並ぶ東京駅丸の内や大手町は、三菱地所が手掛けるビジネスの街です。

⭐️南の"桜田門"
 幕末、大老井伊直弼が暗殺された桜田門です。今は、門外には警視庁をはじめ、各省庁が建ち並ぶ官庁街"霞ヶ関"となっており、常に警備が厳しいピリピリした地域です。
 他、国政の中心"永田町"もこの辺りですね。

⭐️西の"半蔵門"
 千鳥ヶ淵を挟んで皇居や英国大使館などが立地していて、一般人が立ち入る事の出来ない閑静な地域です。

 そして、内郭の中は①皇居、②皇居東御苑、③皇居外苑、④北の丸公園の四エリアに分かれています。

①皇居(御所、宮殿、宮内庁など)

 皇居は、江戸城の内郭西側を占める最もコアな地域で、普段、一般人は立ち入ることができません。半蔵門、坂下門、乾門などの門で閉ざされた神秘的なエリアです。
 江戸時代は、徳川御三家の屋敷たったようですが、1868年(明治元年)の"東京奠都"以降、天皇陛下の東京の御所、皇居となりました。
 天皇陛下御一家が生活されている御所、皇室行事が執り行われる宮殿、三種の神器が祀られている宮中三殿、他にも宮内庁庁舎や二重橋なども含まれています。

 基本的には非公開ですが、時には一部、一般公開されることもあります。
 次の写真は、令和元年(2019年)の即位儀礼"大嘗祭"で使われた大嘗宮が、皇居東御苑で一般公開された際に、坂下門から乾門までの通り抜けで撮影したものです。

宮内庁
局門

②皇居東御苑(本丸、天守台)

 江戸城の内郭東側は、現在、宮内庁管轄の皇居東御苑として昼間に一般公開されています。
 写真は、令和元年(2019年)の大嘗宮公開時のものです。
 石垣、櫓、草花、樹木、散策路の隅々まで、とても手入れの行き届いた美しい公園です。
 天守台の上に立って、本丸跡の広場を一望すると、赤穂浪士で有名な"松の廊下"や、男子禁制の"大奥"があった場所が解説されており、江戸時代へのタイムトリップを楽しめます。

大手門の内側は高麗門 奥は丸の内ビル群
本丸跡の大嘗宮
天守台
富士見多聞
整然と美しい石垣

③皇居外苑(広場)

 日比谷公園側の皇居外苑は、芝、黒松、砂利で整備された、だだっ広い広場で、東京都内では珍しく、人の密度が少ない貴重な場所です。
 丸の内の三次元ビル群と、只々広い二次元外苑とのコントラストが面白く、時の流れのスピードも対極にある気がします。
 皇居外苑に佇んでいる人々は、皇居ランナーを遠目で眺めながら、東京の喧騒を束の間忘れているようです。


④北の丸公園(日本武道館)

 北の丸公園は、環境省が管理する公園で、私がよく散策する九段下にあります。

 東京メトロ半蔵門線の九段下駅を下車し、靖国神社を右手に九段坂を上ると、千鳥ヶ淵が見えてきたら左折して田安門から入ります。そして日本武道館の前を通り、北の丸公園経由で清水門から千代田区役所側に出ます。
 爆風スランプ「九段下の駅を降りて坂道を〜」の舞台です。

田安門
内堀 千鳥ヶ淵
奥が日本武道館
立派な桝形門を堪能
日本武道館
靖国神社

外堀エリア(外郭)

 江戸城外郭とは、隅田川、神田川を外堀とした広大なエリアで、今は大都市に埋もれていますので、外郭を江戸城として見る人は少ないかもしれません。
 外郭の東西南北の範囲は以下の通りです。
 外堀の要衝には、門や橋などを設け、"見附"と呼ばれる見張り場所がありました。虎ノ門、赤坂見附、四谷見附、水道橋、浅草橋、飯田橋などの地名はその名残りです。

⭐️北はJR中央線"水道橋駅"、神田川
 JR総武線・中央線に沿って流れる神田川が外堀です。市ヶ谷、水道橋、御茶ノ水のラインですね。

⭐️東はJR総武線"両国駅"、隅田川
 神田川が東へ流れ、JR総武線両国橋付近で隅田川に合流します。
 隅田川の内側、江戸城側が中央区です。神田、日本橋、人形町、銀座などなど、江戸の風情が残る街並みが広がっています。

⭐️南は地下鉄銀座線"虎ノ門駅"
 虎ノ門は、霞ヶ関の端っこという印象の街です。近年は虎ノ門ヒルズのような高層ビル再開発が進むビジネス街ですが、歩いていると、時折、江戸城の石垣を見かけます。

虎ノ門ヒルズ トラのもん


⭐️西はJR"四ツ谷駅"
 JR総武線・中央線の四ツ谷は、外堀(谷)の底を線路が走っていて、甲州街道が立体交差します。この交差点を四谷見附交差点と言い、甲州街道の重要見附の跡地です。ちなみに、交差点にある上智大学の敷地も外堀を埋めた土地とのことです。


日本の中枢

政治・行政の中心

 江戸時代は、もちろんココ江戸城が日本の政治拠点でした。城内には、将軍が暮らす御殿、大老、老中たちの職場がありました。
 明治維新直後の新政府は、内郭周りの大名屋敷を使ったようで、その後もお抱え外国人の設計により官庁街ができます。
 そして、現代日本の中枢機能が集まる東京都千代田区として、江戸城周辺には日本の行政組織が集まる"霞ヶ関"や、国政の舞台"永田町"が形成されました。

道路・鉄道の中心地

 日本の道路は、江戸時代に全国の大名が江戸城まで参勤交代に使った街道が主要国道に継承されています。
 国道1号(東海道)、国道4号(日光街道)、国道6号(水戸街道)、国道17号(中山道)、国道20号(甲州街道)などのスタート地点は、江戸城大手門の東寄りにある外堀(日本橋川)に架かる日本橋です。今では道路元標の碑が設置されています。

日本橋 日本の道路網起点
道路元標


 また、首都圏環状道路の最も中心部にある首都高速都心環状線C1は、ほぼ内堀の上に整備されています。

 日本の鉄道のゼロキロポストは、こちらも江戸城内に造られた東京駅にあります。つまり、全国の鉄道で"上り"とは、東京駅方面という意味になります。

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