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【小説】悲しいくらいにありふれた、

 駅を出ると、空は底知れない暗闇に覆われていた。この後、隕石がこの駅に落下して、そこから宇宙人による地球侵略が開始されて…
そんな荒唐無稽なストーリーを考えていると、やけに冷たい風が頬に当たり、我に返った。自転車を取りに近くの駐輪場へ向かった。

 スマホケースから駐車券を取り出し、財布を開いて百円玉を探した。ここ最近の金遣いが災いしたのか、普段なら入っているはずの百円玉の姿が見当たらなかった。仕方なく駐輪場の外に設置されている自販機でお札を崩すことにした。
 財布から千円札を取り出し、自販機に入れた。せっかくなのでグレープ味のサイダーでも買おうかと考えた時、自販機が千円札を吐き出した。新札だ。発行されて間もない新千円札。破傷風やペスト菌の対抗策を模索した日本細菌学の父、北島柴三郎。何故お前なのだ。何故野口じゃない。
仕方がないので駐輪場に隣接しているコンビニで札束を崩すことにした。

 甲高い入店音が鳴り響く。何度か誘惑に負けそうになりながら、辛くもコーラを片手に列に並んだ。しかし、今日は列がやけに長い。身体を傾け、奥の様子を確認した。店員が自動レジのモニターを操作している。ありがとうございました、の音声が何度も鳴る。恐らくレジの故障だろう。
この後、謎の組織によってコンビニが占領され…
そんな間抜けなストーリーを考えるのを止めて、ひとまず列を離れた。コーラを冷蔵庫に戻し、店内に設置されたATMでお馴染みの千円札を引き出した。黄熱病の研究に尽力した日本の細菌学者、野口英世を握りしめ、目指すは先ほどサイダーを買おうと試みた自販機だ。


 目的の自販機の前に立ち、手に入れた千円札を挿入口に入れると、自販機が短い電子音を共にボタンを青く光らせた。僕は透かさずグレープ味のサイダーを選択した。金額表示部分に4桁の数字がランダムで表示される。この後、自販機は4444を表示して、僕はもう一本のサイダーを手にする。
そんな馬鹿らしいストーリーを考えて…当たった。思わず、小さな声が漏れた。考えていた通り、サイダーを選択した。自販機のルーレットで当たりを引いたのは初めてだ。お釣りの小銭を財布にしまい、駐輪場へ戻る。発券機に駐車券と百円玉を入れて、とうとう駐輪場を出た。

謎の組織による占領も、宇宙人による侵略もない。
悲しいくらいにありふれた、ほんの少しの幸福。

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