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作家 川内有緒さんのことを書く
コロナ禍の真っ只中、2020年は10月。
僕は天王寺と四天王寺前の間にある(今はもうないが)『スタンダードブックストア』で本を買った。
本に限らずであるが、新しいものに手を出す時は少しだけ勇気のようなものがいる。
読み慣れた著者の本であっても新たな発見があるが、新しい人の本も読んでみたいというのがその時の気分だったようだ。
僕の手には、既に中川ワニさんの『中川ワニジャズブック』があったが、もう一冊なんか買ってみようと店内をうろうろしていた。
『晴れたら空に骨まいて』という少し変わったタイトルの文庫本を手に取った。
たしか代官山に『晴れたら空に豆まいて』というライブハウスがあったな、そういえば梅さんの二次会をそこでやっていたな、その時見た『グローバル・リーフ』のライブが最後だったな、またグロリ見れるんかな?!、などと本と関係ないことが頭の中を巡った。
その本の著者は川内有緒さんという方だった。大切な人の散骨の話だった。
これまでノンフィクションというジャンルにあまり触れてこなかったから新鮮だったのか、有緒さんの文章が素晴らしいのか、よくわからないまま、一気に読み切った。
また次の本を買った。
『パリでメシを食う。』という、パリで生きていく一風変わった人たちのノンフィクションだった。
これも一気に読んだ。
『空をゆく巨人』という有緒さんの本はほんとに面白かった。
現代美術家 蔡國強さんと、福島の実業家 志賀さんの波瀾万丈の物語だった。
パリ在住のアーティストで、先述の『パリでメシを食う。』にも登場したエツツさんにInstagramから DMを送ったのは、2021年の1月だった。ジャケットでコラボしてもらえませんか?と。
僕が所属するバンド『uniquad』で2021年1月から9月まで毎月新曲をリリースする企画を進めていた。
僕はその当時、割とくさくさしていた。
なぜかというと、バンドの活動が上手くいかなくてイライラしていたからだ。
そして、その上手くいかない理由を『メンバーに熱意がないから』と責任転嫁し、なんだったらもうバンド辞めようかとまで思っていた。
コロナ禍も出口が見えず、無意識に色々なストレスを溜めていたような気がする。
先にも書いた毎月リリースの企画は、そんな中ようやくことが前に進み始めたと思えるきっかけになっていた。
なぜエツツさんにDMを送ることができたのか?
何が僕の背中を押してくれたのか?
それは今思うに、有緒さんの文章がいつも等身大で心に届くので、他人の気がしないからだったのかもしれない。
雑に言うと『この人の友達なんだから、僕も友達になれるはずだ。』と思ってしまったのだ。
言語化すると、「は?」としか思えないものになるが、おそらくこの分析は間違っていない。
幸運にも、エツツさんからやりましょうと返事が来て、ジャケットのコラボが実現した。
僕にとって、宝物のような出会いがまた一つ生まれたと思った。
この11月、エツツさんが、有緒さんと彼女の妹さんが経営する恵比寿のギャラリー『山小屋』で4年ぶりに個展を開催した。
最近は、仕事や家の関係もあり、休日もバタバタした生活をしているので、行きたいけど行けないかなと思っていたが、ちょうど会期中に東京に出張することになった。
『山小屋』での滞在時間は、ほんの20分程度だった。有緒さんの妹の新谷さんとはお話しすることができたが、エツツさんや有緒さんにも会うことできなかった。
新幹線の行き帰りは、有緒さんの新著『自由の丘に、小屋をつくる』を読んでいた。
その中の一節を紹介したい。
—以下引用—
未来は、不確実なものだから、わたしたちは不安と希望を同時に背負って生きている。
確かなことは、これまで、楽しい時間が積み重なってきたことだけだ。その記憶が、明日以降を生きるわたしたちの礎になる。「楽しい」というのは必ずしもお気楽で笑顔がいっぱいの状態ではない。
悩んで、へとへとになって、自分のキャパを知り、失望する。それでも前に進む。自ら選んだ意味不明な行動と引き換えに得られるものは、自分の中に彼方まで広がる内なる自由だ。
—以下終わり—
最後の一文に、僕は深く感銘を受けた。
有緒さんの文章は、小さいかもしれないが、消えない勇気のようなものを与えてくれる。
山小屋で、僕はエツツさんの絵を買った。
正確に言うと、エツツさんがこれから書く絵を買った。
ギャラリーに訪れたお客さんかエツツさんに『自分の好きなもの』を語り、それをエツツさんが小さな絵にするという企画だった。
僕はエツツさんと直接話していないが、メールで送りますんでと少し強引な感じで購入した。
実は何を書いてもらおうかとまだ迷っている。