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堕ちた「コロナ茶番派」=「親露派」から考える「私」と「公」という主体性について

※以下、2024年8月25日の私のXを引用(一部改変)


私はコロナ禍なんていう嘘だらけのなんちゃってパンデミックや、全体主義にやすやすと飲まれてしまう日本人の家畜的従順さに大いに呆れ、情報収集を目的としてTwitter(当時)を始めたのだが、いやぁ、あの時全体主義に抗ってたヤツらのうち、親露派に転落した馬鹿も多い。

緊急事態宣言といった各種感染対策のデタラメさ、マスクやワクチンのムダさと危険性、そして子供に与える悪影響…そういった日本の国益にとって完全に害になるものについて正しく把握し斬り込む事が出来たのに、なぜか完全に悪と言えるロシアのプロパガンダや各種フェイクには簡単に騙されてしまう。

何なんだろうコレはと考えていたのだが、私はひとつの答えのようなものを得た。コレは結局、「主体性」の問題なのだ。主体性の「範囲」「遠近感」の問題なのだ。

おそらくロシア側に転落した「コロナ茶番派」の者たちは、「私」という「主体性」を脅かす嘘っぱちな出来事に対し、正しいリアクションを取れた者たちではないかと思う。デタラメな感染対策や危険極まりないワクチン、それらを全体主義的に「私」に押し付けようとする状況の欺瞞さに抗ったのだ。

そういった、結局は「私」の事だけ(せいぜい自身の家族といった近しい人たちの事だけ)しか考える事ができない為に、「国家」という「私」から思いっきり上昇した「公」といった枠組みで考えなければらならない、ロシアの軍事侵攻について正しくリアクションする事ができないのだ。

日本という国家の「主体性」を意識する事ができれば、要するに日本という「公」についての当事者意識を持って状況を考える事ができれば、同じロシアの隣国であるウクライナへの軍事侵攻が、仮に日本で起きたとしたらと考える事ができるし、ソ連から受けた過去の蛮行や、現在の北方領土の不法占拠 

についてすぐさま思い浮かべる事ができるし、強い危機意識を持ってロシアについて非難の声を上げる事ができるのだ。「公」という「主体性」が皆無だから、簡単にロシアのプロパガンダや各種フェイクにコロっと騙され、コロナ禍において戦犯だったメディアを、ただメディアだからという理由で 

再び悪役として連れ回し、イラク戦争あたりで手前勝手で滅茶苦茶な軍事侵攻に踏み切ったアメリカ、なんていう印象を原理主義化させたのか何だか知らんけど、とにかく今回のロシアの軍事侵攻はアメリカのせいなのだ!といった、的外れでつまらねぇ「私」範囲の「主体性」レベルのリアクションしか

できないハメになってしまったのだろう。そのくせ、日本がロシアや中国に軍事侵攻された際は、きっとアメリカが助けてくれるに決まっている、日米同盟があるんだから!と、臆面もなく言える「私」全開な連中も、堕ちたコロナ茶番派には意外と多いような気がするので恥ずかしいったらありゃしない。

いいか、堕ちたコロナ茶番派のお前たち?主体性というのは「私」だけでなく、国家という「公」まで範囲を拡大しなければならないのだ。それが出来ない、分からないのであれば、邪魔なんでウクライナやロシアについて一切語るな。

もし、それでもどうしても語りたいと言うならば、日本という国家、日本という「公」の「主体性」をしっかりと意識して語ってくれ。「主体性」という観点から言うと、ロシアというテロ国家の蛮行は日本の「主体性」をガッツリ危うくするのだ。

いい加減に大人になれ馬鹿野郎。


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