部分的テロリズム擁護論 ~日本が侵略された際の抵抗の手段として~
安倍氏を殺害した山上徹也。岸田首相に爆弾を投擲した木村隆二。
木村はまだ動機がすべて解明されたのか分からないのでアレだが、二人はテロリストではありません。
――こう言うと、山上と木村を擁護しているように聞こえるかもしれないが、別にヤツらのことなど擁護していない。
「テロリズム」という言葉の定義から考えると、山上と木村はテロリストとは言えないからだ。
「コトバンク」によると「テロリズム」とは
……このように、「テロリズム」とは「政治的目的を達成するため」の手段なのだ。従って、統一教会に絡む「私怨」によって犯行に及んだ山上。年齢規定や供託金300万円という選挙制度のシステムに不満を抱き、一方的に恨みを募らせ首相を殺そうとした木村。
この二人は政治的目的を達成するために犯行に及んだとは言い難い為、私の見立てでは「テロリスト」とは言えないのだ。
(※木村の犯行は選挙制度という政治的案件が関わっているものの、ソレを望む形に改変しようとしたわけではなく、ただただムカついて恨みを晴らしてやろうと犯行に及んだと推測されるのでテロリストではないとした)
ツイッターなんかを眺めていても、多くの人たちが山上や木村を「テロリスト」として批判の言葉を向けているのだが、私はその誤った区分けにイライラとしてしまっている。
私は安倍氏を殺害した山上や、今回岸田首相に爆弾を投擲した木村がテロリストなのかそうではないのか? この辺りの区分けをしっかりと行っておきたいと考えている。だから、テロの定義も分からずに山上や木村をテロリストと言ってしまうバカに神経を尖らせている。
なぜか?
単純に「暴力反対」的な価値観でテロリズムを「悪」としてしまうことに危機感を覚えるからだ。
なぜか?
日本が中国やロシアに侵略されてしまったときに、触れてきたような「テロリズム=完全なる悪」――的な価値観が命取りになるかもしれないと考えるからだ。
中国がチベットやウイグルの人たちを弾圧していることをご存じの方も多いと思うが、彼らチベットやウイグルの民は圧倒的な力を持つ中国に対して抵抗している。そんな行為も中国に言わせると、すべて「テロリズム」ということになってしまう。
「彼らの抵抗=テロリズム」は本当に「悪」と言えるのだろうか?
もし、最後の抵抗すら「悪」だという価値観が定着してしまったら、ロシアや中国に占領されてしまった場合、ヤツらに対してテロリズムという抵抗運動ができなくなってしまう恐れを感じるのだ。
ベトナム戦争が好例だが、軍事的に不利な状況だろうが、降伏せずに徹底抗戦(あの場合はゲリラ戦というテロと言えよう)したから、ベトナム側は10年後に米国を追い払うことができたのだ。
私はテロ=「悪」という図式が日本人の共通認識になってしまうと、他国の侵略に対する最後の抵抗すら危うくなってしまい、結果日本が消滅するのではないかと危機感を抱いているのだ。 だから、山上や木村の行為がテロか否かに神経を尖らせているのだ。
ウクライナでの出来事を見よ!
常任理事国であり多くの核兵器を持つ大国ロシアが、あのような国際法を無視した侵略行為を公然と行っているのだ。嫌なことだけれども、切羽詰まったときに最後の抵抗を行える準備を今からしておく必要があるのだ。
我々は最後まで抵抗し日本を守らなければいけないのだ。
いざというときに日本を守って死ぬためにも
「テロリズム=完全なる悪」
――的な価値観を潰しておく必要があるのだ。
日本を守るためにも山上や木村(コイツはまだ犯行理由に不明な点はあるかもだが)をテロリストとするのは危険なのだ。