《2人の放課後》第5話: 秘密の共有
次の日、学校に向かう途中、
夏樹は昨日の出来事を何度も思い返していた。
遥が自分に家庭の事情を打ち明けてくれたことは、彼にとって大きな出来事だった。
あれほど皆に明るい顔を見せていた彼女が、
そんな苦しみを抱えていたなんて、
今まで気づかなかった。
自分が彼女にとって信頼できる存在になれたことが、嬉しく感じた。
しかし、同時に戸惑いもあった。
自分が本当に彼女の支えになれるのかという不安だ。
何をしてあげられるのだろう?
どうやって彼女を支えられることができるのか、夏樹はその答えを見つけられずにいた。
学校に着くと、教室にはすでに颯太がいた。
いつものように元気いっぱいで、
クラスメイトと冗談を言い合っている。
夏樹が席に着くと、颯太はすぐに話しかけてきた。
「よお、夏樹! 昨日一人で帰ったのか?
てか最近、お前放課後にどこか行ってんのか?」
颯太はいつも通りの明るい調子だ。
夏樹は少し笑って返事をした。
「いや、特にどこにも行ってないよ。
教室でちょっと残ってただけ」
「そっか。まあ、俺はサッカー部が忙しいから、一緒に帰ってやれないけどな!でも寂しかったら言えよ?」
颯太はそう言って笑い、
またクラスメイトの方に戻っていった。
夏樹は心の中でほっとしながらも、
颯太や他の人たちには言えない、
二人だけの大切な秘密。
授業が始まり、
いつものように一日が過ぎていったが、
夏樹は授業に集中できなかった。
遥がどこか元気がないのではないか、
と無意識に彼女を目で追っていた。
彼女は相変わらず
クラスメイトたちと笑顔を交わしていたが、
夏樹にはその笑顔がどこか寂しげに見えた。
放課後、夏樹はいつも通り教室に残っていた。
すると、しばらくして遥が教室の後ろの席に来て、静かに彼に声をかけた。
「ねー夏樹君、今日も少し話せるかな?」
彼女の声は優しく、
どこか安心感を漂わせていた。
夏樹は頷き、彼女の隣の席に移動した。
「もちろんだよ」
夏樹がそう尋ねると、
遥は少し微笑んで窓の外を見つめた。
「昨日、家に帰ってからね、
ずっとあの話をして夏樹くんに迷惑じゃなかったかなって考えてた。」
「そんな、迷惑なんかじゃないよ。」
「ありがとう。夏樹くんにだから話せたし、
夏樹くんに話せて気持ちが軽くなった。
聞いてくれて嬉しかった。
誰かに本心を話すことって、
私にとってすごく勇気がいることだから...」
彼女が自分に対して信頼を寄せてくれていることがわかると、胸が暖かくなるのを感じた。
「僕も、遥が話してくれて嬉しいよ。
話したい時とか辛くなったら、
少しでも力になれるならちゃんと聞くから」
「本当にありがとう。
本当に相談したのが夏樹君でよかった」
その言葉に、夏樹は心からほっとした。
自分が彼女にとって安心できる
存在であることが確認できたからだ。
「でも…」
遥は少し声を落として続けた。
「実はまだ全部話せてないんだ」
夏樹はその言葉に驚きながらも、
彼女の方を見つめた。
彼女が何か大きな秘密を抱えていることを感じ取ったからだ。
「全部じゃないって…?」
「うん…」
遥は静かに深呼吸をしてから、
ゆっくりと話し始めた。
「実は、家のことなんだけど、
ただ親が不仲ってだけじゃないの。
お父さん、すごく厳しい人で…
時々すごい大きい声で私に怒鳴るの。
お母さんはそんな時、
私を守ろうとしてくれるんだけど、
それが逆にお父さんを怒らせることもある。
最近それがずっと続いてて、
家にいるのがすごく怖くなる時があるんだ」
遥の声は震えていた。
彼女は今までずっとその恐怖を隠し、
明るく振る舞ってきたのだろう。
その重さを想像するだけで、
夏樹は胸が苦しくなった。
「そうだったんだ…」
夏樹はどう言葉をかけていいのか分からなかった。
彼女の話は、想像以上に重く、
彼自身がどう助ければいいのか見当もつかない。
「ごめんね、こんな話して。」
遥の気を遣った表情を見た時。
自分にこの秘密を打ち明けてくれたことが、
夏樹にとっては大きな意味を持っていた。
「遥…、今までずっと一人で抱えてたの?」
「うん。でも、誰にも話せないままだったから、でもこのままじゃ...
このままじゃなんか私が壊れてしまう気がして…」
遥はそう言って、静かに涙を流した。
夏樹は思わず手を伸ばして彼女の肩にそっと触れた。
彼女の痛みを全て理解することはできないが、少しでもその重荷を分かち合いたいと思った。
「遥はそんなに辛いことを抱えながらも、
誰にも言えずに耐えてきたんだね。
ありがとう。話してくれて。」
夏樹の言葉に、遥は泣きながらも頷いた。
そして、彼女の涙が止まった後、
少しだけほっとした表情を見せた。
「なんでだろう?夏樹くんには自然と話せる。」
彼女のためにできることは、
聞くことだけかもしれない。
だが聞くことで安心してくれるなら、
彼女が少しでも楽になるなら、
それを支えられる存在になりたいとさらに強く感じた。