《2人の放課後》第2話:笑顔の裏側
秋風が校舎の廊下を吹き抜ける昼休み。
教室の中は賑やかで、
友達同士が談笑したり、
昼食を広げたりしている。
そんな中で遥は今日も変わらず、
教室の中心にいた。
「ねえ、遥ちゃん。
放課後、また駅前のカフェ行こうよ!」
「いいね!行こう、行こう!」
明るい笑い声が教室に響く。
遥は、クラスメイトの女子たちに囲まれ、
楽しげに微笑んでいる。
誰もが彼女と一緒にいることを楽しんでいるようだ。
遥もその輪の中で、
いつものように明るく振る舞っていた。
だが、遠くからその様子を見ていた夏樹は、
昨日感じた違和感を再び覚えた。
遥の笑顔は輝いている。
けれど、その目にはほんのわずかに
疲れた色が宿っているように見える。
「遥はすごいよなぁ…」
自分とは違う真逆の性格の夏樹は、
自分の机に戻りながら、ふと呟いた。
彼女は常に誰かと一緒にいて、
周りを笑顔にしている。
けれども、その裏に何か隠しているような気がしてならない。
放課後、夏樹は校舎の裏手にある小さな庭に向かっていた。
そこは、ほとんどの生徒が来ることのない静かな場所で、
彼はよくここで一人の時間を過ごしていた。
しかし、その日はいつもと違っていた。
少し離れた場所から、
誰かの泣き声が聞こえてきたのだ。
夏樹は立ち止まり、音の方向に耳を澄ませた。
「誰だろう…?」
音の先には、背の低い生け垣があり、
その向こうに誰かがいるようだった。
夏樹はそっと足音を忍ばせて近づく。
そして、声の主を目にした瞬間、
彼の胸が一瞬止まった。
そこにいたのは、遥だった。
彼女は、膝を抱えて座り込み、
静かに涙を流していた。
教室での彼女とは全く違う、
無防備な姿だった。
「遥…?」
夏樹は思わず声をかけてしまった。
自分の中で、これは立ち入ってはいけないという気持ちもあったが、
それよりも彼女の悲しそうな姿に対する心配が勝った。
遥は驚いた様子で顔を上げた。
涙で濡れたその目が夏樹を捉える。
瞬間、彼女は急いで涙を拭い、
いつもの笑顔を取り戻そうとした。
「え…夏樹君? どうしてここに?」
「いや…たまたま通りかかっただけだよ。てかその…大丈夫?」
夏樹は言葉を選びながら、慎重に聞いた。
彼女が泣いている理由には触れず、
ただ心配しているだけだということを伝えたかった。
「ごめん、なんでもないの。ちょっと疲れちゃって…」
遥は涙ながらに微笑んでそう答えた。
しかし、その笑顔はどこか無理があって、
教室で見せるそれとは違っていた。
「そっか…」
夏樹はそれ以上何も言わなかった。
夏樹はただ、彼女の横に座り込み、
静かに時間が過ぎるのを待った。
彼女が話したくなるまで、
何も言わないつもりだった。
しばらくの沈黙が続いた。
秋の風が二人の間を通り抜け、
葉の音だけが静かに響く。
遥は何度か口を開きかけたが、
言葉が続かなかった。
そして、やがて、ぽつりと呟くように言った。
「…私、いつも笑ってるでしょ?」
「うん…いつも明るく振る舞ってるよね」
「私のせいで暗い雰囲気にさせるの好きじゃなくて、、、。
でも実はね、
明るく振る舞ってるようにしてるだけ。
本当は…家のこととか、いろいろあって。
もう疲れちゃった」
遥の声は震えていた。
その言葉に、夏樹は驚きながらも、
静かに耳を傾けた。
彼女がこんな風に誰かに弱音を吐くのは、
きっと初めてなのだろう。
「家のことって…何かあったの?」
「…うん、ちょっとね。
でも、別に深刻なことじゃないの。
ただ、時々全部が嫌になっちゃうだけ」
遥はそう言いながら、再び膝を抱え込んだ。
その小さな姿は、
クラスの中心で笑っている彼女とは全く違う。
夏樹は、彼女の中に隠された弱さや寂しさに気づき、どうしていいかわからないながらも、
心が痛んだ。
「…もし、話したいことがあったら、いつでも聞くよ」
夏樹はできる限り優しくそう言った。
それが今の夏樹にできる唯一のことだった。
遥はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「ありがとう、夏樹君。ちょっと楽になったかも」
彼女は、微笑みながらもまだどこか悲しげな顔をしていた。
しかし、その笑顔には今までとは違う、
少しだけ素直な表情が浮かんでいた。