《2人の放課後》第4話: 少しずつ近づく距離
翌週、放課後の教室で、
夏樹はまた一人で座っていた。
窓の外では、夕焼けが校庭を染め、
秋の涼しい風が吹き込んでくる。
颯太はサッカー部の練習で、
他のクラスメイトたちも次々と教室を後にしていった。
すると教室の扉が開く音がして、
夏樹は空いた扉の方を見ると、遥だった。
彼女は微笑みながら夏樹の方に歩み寄ってきた。
「ねえ、夏樹君、今日もお話してもいい?」
「うん。もちろんだよ。」
遥は夏樹の隣の席に座り、
しばらくの間、下を見つめていた。
いつもと雰囲気が違う。
それを察した夏樹は、
「大丈夫?」
夏樹が声をかけると、
遥は少しだけ戸惑いながらも、
ゆっくりと話し始めた。
「実はね…ちょっと考えてたの。
夏樹君に話すようになって、
自分のこと少しずつだけど
素直に話せるようになったって思うんだ。
今は夏樹くんにだけなんだけど、、、。
それでもまだ少しだけ怖いっていうか
嫌われたくないっていうか、、、
やっぱり不安で」
彼女の言葉にはかすかな寂しさと、
ためらいが感じられた。
教室で皆に見せている明るい姿とは違って、
ここにいる彼女はどこか脆さを感じさせる。
「話したい時に話してくれればいい。
僕はいつでも聞くから」
夏樹は優しく答えた。
その言葉に、遥は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
そして、彼女は微笑んだ。
「ありがとう、夏樹君。
やっぱり夏樹くんとお話ししていると
なんか落ち着く。
いつもは皆の前で明るくしてるけど、
本当はちょっと疲れちゃう時がある。
そんな時、夏樹君みたいな人が聞いてくれると、
すごく安心するし、すごく嬉しいんだ」
彼女の言葉が嬉しかった。
力になりたいとさらに思った。
「僕も嬉しいんだ。
今まで、こんな風に誰かと
話したことがあまりなかったから…」
「そうなんだ。夏樹君、
クラスではあんまり話さないもんね。
でも、静かだけどすごく優しい。」
遥の言葉が、夏樹の胸の中で静かに響いた。
彼は照れくささを感じながらも、
彼女の真っ直ぐな言葉に嬉しさを感じていた。
そして遥は小さな声で
「もっと早くから話せばよかった...」
夏樹はぼそっと言った遥の言葉に対し
「ごめん聞こえなかった、何て言ったの?」
遥はすこし照れながら答えた。
「ううん、なんでもないよ」
「ねぇ、外、夕焼け綺麗だよ!」
そしてしばらくの間、
二人は何も言わず、
ただ一緒に夕焼けを見つめていた。
校庭では部活の生徒たちの声が響き、
秋の風が二人の間を優しく吹き抜けていく。
「ねえ、夏樹君」
突然、遥が声を上げた。
彼女の表情は覚悟を決めたような、
だけどほんの少しの不安が宿っている。
「どうしたの?」
「私…夏樹君にだけは、
もう少し本当のことを話してもいい?」
夏樹は驚いたが、静かに頷いた。
彼女が何か大切なことを話そうとしているのだと感じたからだ。
「実は、私の家、ちょっと複雑なの。
お父さんとお母さんは、
あんまりうまくいってなくて。
よく離婚の話をしてる。
その二人の間にいる感じで…。
それが、すごく辛いんだ」
彼女の声には、
苦しさと寂しさが滲んでいた。
夏樹はそれをどう受け止めればいいのかわからなかったが、
彼女の言葉を全て受け入れようと心に決めた。
「そうなんだ…」
「うん。こんな暗い話しして
変に思われたくないし、
でも、誰かに聞いて欲しくて、
やっぱり言えなくて、辛くなって…
どうしていいかわからない時があったのに、
そんな時、夏樹くんが優しく、
話してって言ってくれた。
夏樹君に話してみて、
気持ちが楽になったの。
ありがとう。」
彼女は夏樹の目を見て微笑んだ。
その笑顔にはいつもの無理をした明るさではなく、自然な温かさがあった。
「話したい時、いつでも話してくれていいから」
夏樹は、遥に少しでも安心してもらえるように、そう言葉を添えた。
彼は彼女の痛みを完全に理解できるわけではないが、少しでも彼女の心に寄り添いたいと思った。
「ありがとう。
本当に夏樹くんに話せてよかった。」
遥はその言葉を聞いて、再び微笑んだ。
彼女のその笑顔が、
夏樹にとって一番の励みになった。
その日2人は別の会話で
もう少しの時間、教室で話した。
秋の夕暮れが静かに深まり、
校舎が夕日に染まる頃、
ようやく教室を後にすることにした。
校門までの道のりを、
二人は並んで歩いたが、
もう言葉は必要なかった。
ただ一緒にいるだけで、
心が通じ合っているような気がした。