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《2人の放課後》第3話: 運命の放課後


翌日、夏樹はいつもより少し早く学校に向かった。

昨夜は、遥との会話が何度も頭の中を巡り、
なかなか寝つけなかった。

彼女の泣いている姿や、
言葉に隠された孤独感が、
どうしても心に引っかかっていた。


「…今日もあの笑顔で過ごすのかな」


夏樹は、教室でのいつもの遥の姿を想像した。
昨日、あんなに辛そうな顔をしていたのに、
今日またクラスの皆の前でいつもの明るい表情を見せるのだろうか。

学校に着くと、
教室にはすでに数人の生徒が来ていた。

遥もすでにきていた。
遠くから見る限り、
遥はいつも通り元気に見える。

彼女は友達と笑いながら話している。
昨日の涙なんて、まるでなかったかのようだ。

「.....。」

夏樹はそっと自分の席についた。

授業が始まり、午後の時間が静かに過ぎていった。

遥は何事もなかったかのように、
いつも通りクラスメイトと楽しそうに話し、
夏樹はいつも通り、窓の外をぼんやりと見つめていた。

しかし、彼の心はどこかそわそわとしていた。
昨日の出来事が頭から離れず、
何をするにも集中できなかった。

やがて、放課後が訪れた。

夏樹はいつものように、
教室の片隅で静かに時間を過ごしていた。

颯太はサッカー部の練習に行ってしまい、
教室は徐々に人が少なくなっていく。

教室に誰もいなくなったと思い、
帰ろうとしたところ、
遥が視界に映った。

彼女は一人で教室の後ろに立ち、
窓の外を見つめていた。

その姿は、昼間の彼女とはどこか違って見える。

友達に囲まれている時の明るい笑顔はなく、
静かに物思いにふけっているようだった。

「何かあったのかな…?」

夏樹は迷った。
声をかけるべきなのか、
そっとしておくべきなのか。

しかし、昨日の彼女の姿を思い出すと、
気づかないふりをすることはできなかった。


(…いつでも話し聞くって言ったから)


決意を固めた夏樹は、
そっと席を立ち、彼女の方へと歩み寄った。

近づくにつれ彼女の背中は小さく見え、
どこか寂しげだった。

教室の中はもう2人以外、
他の人がいなかったため、
二人の間に漂う静けさが際立っていた。

「は、遥...」

夏樹が静かに名前を呼ぶと、
遥は少し驚いたように振り返った。

その顔には、昨日と同じような不安の影が見えた。

「夏樹君…」

彼女は、ほんの少しだけ笑顔を作ろうとしたが、すぐにそれを諦めたようだった。


「昨日のこと、気になってたんだ。
また何かあった?」

夏樹の言葉に、遥はしばらく黙っていた。

視線は床に落ち、
何かを言おうとするが言葉が出ないようだった。

その沈黙の中で、
夏樹はただ彼女の言葉を待った。

やがて、遥は小さな声で呟くように言った。

「…昨日はごめんね、心配かけちゃったかな?
でももう大丈夫だよ、、、」

と言い夏樹の目をみた。

「本当はね、やっぱり時々疲れちゃうんだ」

夏樹の目を見て安心感のようなものが
芽生えたのか、遥はすぐに本音を話した。


「昨日のことだよね?
言いたくなかったら無理に話さなくていい。
でも、僕でよければ何か力になりたいと思ってる」

夏樹の優しい声が、
遥の心に届いたのだろうか。

彼女は深く息をついて、
少し気を緩めたように見えた。

「…ありがとう、夏樹君。
こうやって気にかけてくれるだけで、
少し楽になる」

遥はそう言うと、小さく微笑んだ。

その笑顔はいつもの無理をしたものではなく、ほんの少しだけ素直なものに見えた。


「それに私、夏樹君が
こんな話しやすくて、
優しい人だって知らなかった。
いつも静かだし話したことなかったけど…」


彼女の言葉に、夏樹は少し驚いた。


遥の視線にさらされると、
なんだか少し照れくさくなってしまった。


「いや、別に…静かなのは性格というか。
まぁ俺はただの普通のやつだよ。
優しいとか、そんなことないし」

 「そうかな…? でも、私はそう思うよ」

「.....!!」

遥の言葉は、まっすぐで、
夏樹はそれをどう受け止めていいのかわからなかった。

彼の心臓は少しだけ早くなり、
顔が熱くなるのを感じた。

二人の間に、しばらくの沈黙が訪れた。

しかし、その沈黙は昨日のものとは違っていた。

何かしらの緊張感が漂う中で、
二人はお互いに何も言わずにただそこに立っていた。

やがて、遥が静かに言った。

「ねえ、今度また放課後に話せないかな?
夏樹君と話すと少し気持ちが落ち着くんだ」

その言葉にさらに鼓動が早くなった。


彼女から誘われるなんて、
まったく予想外だったからだ。

「もちろん…いいよ。僕でよければまた話そう!」

夏樹は、少し照れくさそうに答えた。
遥はその言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、またね」


遥はそのまま、軽やかに教室を出て行った。

彼女が去った後も、
夏樹は少しの間その場に立ち尽くしていた。

心の中には、不思議な高揚感が広がっていた。
夏樹の胸の鼓動が少し早くなっていることにやっと気づく。


これまでとは違う日常が、
静かに始まりつつあることを感じていた。

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