薔薇の痛み


沈黙して眠るほかない
鬱積を投げ合う蒼い人語の地穴で
帆軸を極北に向けた
難破船のようにふかく朽ちていく

沈黙して眠るほかない
世界の清しい涯てを
むなしくも夢みて
未だ塔のように屹立する痛み
薔薇の棘ばかりが名をもつ
ひそかに 

おごそかに
薔薇の根を抉る
内部の声をきく極北の郷土より
土をあつめ
根のようにわたしを移植する
しずかに発芽した赤い蕾をそっと閉じ
瞼を重くするのは
心音はるかとおくに聞く古の神話の子守歌        

わたしは もう 
自分に水やりをしない 
    わたしは もう 

      二度と         
        生まれてこない

ひらひらと虚空を彷徨う偽りの朝
黄泉の国から無口な薔薇の使者が
永遠の仮面をつけやって来る

✳️詩集『死水晶』収録。2016.10月の作品。著者66歳。商業誌未発表。定年退職後の仕事でいろいろあって、多分落ち込んでいた頃の作品だと思います。

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