見出し画像

【本】「僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。~おだやかな心で生きる20の言葉~小倉広」再読

かつて読んだ本を改めて読み直すシリーズですが、今回は小倉広さんの「僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。~おだやかな心で生きる20の言葉」を紹介したいと思います。今こうやって歳を重ねてから読み直すと、ひと味もふた味も違った味わい深さを感じる言葉ばかりでした。

「学ばない者は人のせいにする。学びつつある者は、自分のせいにする。
学ぶということを知っている者は、誰のせいにもしない。僕は学び続ける人間でいたい。」

三浦和良(サッカー選手)日本経済新聞2010年11月5日

「僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。~おだやかな心で生きる20の言葉」小倉広著

未だ現役、キングカズ(様←なんだか呼び捨てが申し訳ないので・・・)!日本のサッカー界を切り開いた第一人者。そのカズ選手の残している言葉がこれ。自責と他責にも通じる考え方ですよね。常に前向きに一日一日を懸命に努力されているカズ選手らしい言葉だと思います。もし、「もうこれで十分だ、いっぱい学んだからもういいや」となったら、そこから成長できませんからね。まだまだ知らないことは世の中にたくさんあるし、そうした興味関心を常に持ち続ける姿勢でありたいですよね。きっとカズ選手の場合、常にサッカーに関しての学びを続けていらっしゃるんだと思います。本当に素晴らしいです。

「過去と他人を変えることはできない。未来と自分を変えることはできる。」
エリック・バーン(心理学者)

同上

これも有名な言葉ですね。本当にその通り!どうやっても過去と他人は帰られませんから。とはいえ、どうしても過去に囚われ、変えられるはずのない他人に腹を立ててしまう・・・。はい、これは私のことです(笑)。でもそうした方は多いんじゃないでしょうか?ですから、心を落ち着ける意味でも、この言葉を正気に返った時には思い出すようにしています。「未来と自分は変えられる。」ことを信じて。

「かけた情けは、水に流せ。受けた恩は、石に刻め」
長野県上田、前山寺の参道脇に刻まれた石碑の句

同上

いやー、昔の方は本当に素晴らしい言葉を遺していますね。ま、逆にそういう素晴らしい言葉だからこそ、現代まで受け継がれているということでもあるわけですが。「情けは人のためならず」ではありませんが、そうした気持ちをもちなさい、ということですね。かつて田中角栄さんも同じような言葉を遺していたように思います。「貸した金は忘れろ、その代わり、借りたお金はしっかり返せ」みたいな。これもまた人間の真理を突いていますよね。自分がした行為に見返りを求めるな、と。その代わり、相手にしてもらったことのお礼はしっかりしろよ、と。まさに人間の機微を存分に理解されていた角栄さんらしい名言です。

「明けない夜はない。夜明け前が一番暗い。」「(アウシュビッツ強制収容所での生活を振り返り)生き延びた人たちは、必ずしも健康だった人たちではない。最後まで希望を捨てなかった人たちだ。」
ビクトール・フランクル(心理学者)

同上

アウシュビッツでの壮絶な体験をされたビクトール・フランクル氏。そんな彼が遺したからこそ、言葉の重みもまた一層増すように思います。そうなんです「希望」があるから、人間は頑張れる。「きっとこの先、明るい展望が開けるはず」という期待が人を鼓舞する。そんな不思議な人間の持つパワーを感じる言葉ですね。そう、「明けない夜はない」んです。とはいえ、「本当かな・・・?」と思うときもありますが。それでも朝は来るし、懸案はやってくるし、時間が来れば終わるわけですし・・・と、そう考えて前に進むしかないですからね、人生。

一燈照隅 万燈照国(いっとうしょうぐう まんとうしょうごく)
「一つの灯火を掲げて一隅を照らす。そうした誠心誠意の歩みを続けると、
いつか必ず共鳴する人が現れてくる。一灯は二灯となり三灯となり、いつしか万灯となって国をほのかに照らすようになる。だからまず自分から始めなければいけない。」

比叡山延暦寺天台宗の開祖、最澄が最初にこの言葉を使った。
歴代首相の顧問だった思想家、安岡正篤氏が好んで使った言葉

同上

ラストを締めくくるのは、大好きな言葉の一つを選んでみました。最澄の時代からこうした考えがなされていたんですね。なんだか今の政治の混乱ぶりがあまりにも愚かで情けなくなりますが、きっと過去の時代から、そういうことが繰り返されてきたんでしょうね。そう考えると、出口治明さんが仰る「人間チョボチョボ論」が本当にその通りだな、と思います。これは「所詮、人間の成長(進歩)は過去からそう大して変わらない」と、たくさんの本を読み、世界を歩いた出口さんが語った言葉の一つです。悲しいかな、人間とはそうした生き物なんですよね、でもそれがまた人間らしさであり、共存していかなければいけないんですよね。

きっと最澄さんの時代から、人間には良い面も良くない面もあり、「政(まつりごと)」の同様に良い面・良くない面があったのでしょう。それでも「正しい」と思うことを、まずは自分一人で始めたとして、きっとそれが周りに共鳴し、徐々に広がっていく・・・そしてそれが最後には国全体へと伝播していくんだ。なんていう壮大なメッセージ!今の日本の政治家(政治屋?)の方々に聞かせたいですね、本当に。


当時、私は学習塾で室長をしていたので、この言葉を担当していた教室に置き換え、自分たちが取り組んでいることは、小さな取り組みだけれども、それが周りに伝播し、きっと地域に広がっていくんだ、というようにちょっと格好つけた表現ですが、本気でそう思って活動をしていました。有り難いことに賛同してくれるスタッフと、喜んで通ってくれる生徒たち、そしてそれを喜ぶ親御さんたちで、大きな輪が出来てきたことがありました。もちろんその後、異動等もあり、次の代には残念ながら引き継がれなかったようですが・・・(涙)。とはいえ、一瞬でもそうした広がりを体験できたことは、今こうして読み返してみると、この最澄さんの言葉が原点の一つだったのかな、と思いますね(・・・と書きながら、自分を最澄さんと並べるとは、なんておこがましいヤツだ、と気づきました、反省しています!笑)。

いいなと思ったら応援しよう!