Officialに男dismを問う
私は月に一度、美容室に通っている。
かれこれ約10年。
美容師の腕がいいのはもちろん、新しい音楽に出逢える場でもある。美容師のチッチさんはOfficial髭男dismのヘアメイクを手掛けている。
まだ彼らがブレイクする前「才能のあるバンドがいる」と教わった。その時、私の頭には髭男爵しか浮かんでおらず、記憶の隅に留まっただけだった。
その後も私は美容室に通っていた。
チッチさんはOfficial髭男dism関連で海外出張も増えた。
「Pretender」が大ヒットし、いよいよOfficialに髭男dismを無視できなくなった。
答えはわからない、わかりたくもない。
ただ、たったひとつ確かなことは「君は綺麗だ」と誰の否定も届かない純度100%の主観。
私はOfficial髭男dismの詞に、改めて形容詞の可能性を感じ始めた。
名詞の前に「〇〇のような」と付ければ、名詞が鮮明にイメージされる。
「本」という名詞の前に、埃をかぶった分厚い本と形容するだけで、本のイメージは鮮度を変える。
「Pretender」の中で1番嫉妬をした歌詞がある。
“誰かが偉そうに語る恋愛の論理。
なにひとつとしてピンとこなくて…
飛行機の窓から見下ろした
知らない街の夜景みたいだ“
という詞。
やられた。これはやられた。
誰でも自由に使える形容詞の使い方で負けた。
飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景。
そこには誰かがいる。
灯の数だけ人の営みがあるのもわかる。
ただ、今の自分にはぼんやり通り過ぎる景色のようで、誰かの恋愛の論理とは、窓の外を喰い入るように見る景色でない、それくらいピンと来ないもの。
この表現力。
無限にある言葉から、しっくりくる言葉を拾ってくる。それをさらりとやる彼らは控えめに言って天才だ。
「I Love...」の形容を見てほしい。
単なる「イレギュラー」という名詞がこうなる。
“高まる愛の中、変わる心情の中、
燦然と輝く姿は…
まるで水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具みたいな… イレギュラー“
もう一度言う、天才だ。
形なく、とめどなく、広がる様。鮮やかだが「何色」だと明確に言えない不規則な様、不規則な色。
高まる愛の中、変わる心情を見事に表現した。
今、言葉は捻り出すものではなくなりつつある。
生成AIに文章を作らせ、コピーアンドペイスト。
略語や耳障りのいい言葉が飛び交う。
テキスト形式でのやりとりが増え、チャットに適した時短な表現が好まれる。
内面にある想い
見えないモノを文字にすること
言葉を紡ぐ苦しさと向き合おうとしない。
コストパフォーマンスは悪い。
なかなか納得のいく表現が出てこず時間もかかる。
それでも、普遍的な価値を持つ感動の名作は
いつだって、悩んで悩んで生み出した「言葉」
砂浜の中で、黄金の一粒を見つける事。
その喜びを味わうまで、私は表現を辞めない。