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「ウマ娘」はなぜ面白いのか

【はじめに】この記事はウマ娘アニメ2期10話の内容を含みますので、アニメを追われている方は視聴後にお読みください。またアニメを観てない方やウマ娘をあまり知らない方にもお読みいただくことができる程度の内容かと思いますので、是非お読みいただけますと幸いです。


『ウマ娘プリティーダービー』(以下、ウマ娘)が流行っている。ウマ娘とはアプリ、アニメ、漫画、ライブイベントなどからなるメディアミックスコンテンツで、「ウマ娘」と呼ばれる現実の競走馬をモチーフとした女の子たちが、トレセン学園と呼ばれる学校で互いに切磋琢磨しながら学園生活を過ごすという内容である。先月の2月24日にアプリがリリースされてから、一時期は公式からはYouTubeで配信されていたぱかちゅーぶ以外音沙汰がなかったのがウソのように、様々な方面からウマ娘の名前を聞くようになった。アニメ1期に心酔して競馬を知り、同年のジャパンカップのアーモンドアイを指定席で観戦するまでになった筆者にとっては、制作者サイドでもなんでもないが嬉しい限りである。

しかしなぜ流行っているのか。ウマ娘にはどんな魅力があるのか。もちろんウマ娘はメディアミックスコンテンツで、様々な魅力があるからこそのこの流行りであると思われるのだが、今回はウマ娘というコンテンツに登場する「ウマ娘」という存在について注目することから、ウマ娘の魅力の1つについて考えてみたい。

ではまず「ウマ娘」とはなんだろうか。

「ウマ娘」とは簡単に言えば流行りの「萌え擬人化キャラクター」である。「萌え擬人化キャラクター」を用いた世界観を展開する擬人化モノは、2010年代を代表する(もちろんここが初出ではないが)といってもいいコンテンツ群で、近年多くの作品が存在している。

ではなぜここまで萌え擬人化が人気となったのだろうか。その人気となった作品の多くに共通する1つのポイントが「元ネタを丁寧になぞっている」ということだ。「元ネタを丁寧になぞる」とは、例えば擬人化前のモノコトに由来するストーリー構成にしたり、キャラクター造形を擬人化前のモノコトに由来するデザインにするなどで、こうすることによってアニメやゲームを楽しむと同時に元ネタへ興味を持つことで新たな知識に出会うことの面白さや、濃い史実の内容に擬人化を通じて「人」の視点が追加されるなどの面白さを加えることに成功している。

ウマ娘でもこの点は強く力を入れている。アニメでは某所で言われてたような毎フレームというレベルで史実由来のネタがあり、元ネタたる競馬を調べることによってこれまで知らなかった競馬史に触れることができたり、擬人化することによって人と同じように感情を持ち、レースに挑み、勝ち負けを通じて成長するなど、擬人化したことによって少年漫画のような「アツさ」が生まれたりしているのが、ウマ娘の大きな魅力だ。

しかし、ウマ娘の面白さは「元ネタを丁寧になぞっているから」だけに由来するのだろうか。きっとそれだけではここまで人を魅了していることの説明には不十分だろう。そこで作中での「ウマ娘」という存在について言及されているところに注目してみたい。

「ウマ娘」という存在がコンテンツ中で語られているのは4点あるので紹介する。

まず公式ホームページ「INTRODUCTION」、アニメ1期1話冒頭、アニメ2期1話冒頭、ヤングジャンプで連載中の漫画『シンデレラグレイ』冒頭では、世界観の説明として以下のように説明されいる。

『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。
ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走るーー。
それが、彼女たちの運命。
この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、
まだ誰にもわからない。
彼女たちは走り続ける。
瞳の先にあるゴールだけを目指してーー。

さらに公式ホームページ「INTRODUCTION」では上記に加えて

『かつて名勝負、伝説のレース、偉大な記録を生んだ
競走馬の名前を受け継いだ「ウマ娘」』

とある。またアプリの「メニュ」>「ヘルプ用語集」>「用語集」>「ウマ娘」には、

人間とは異なる形状の優れた聴力を持つ耳と、自在に動くしなやかな尻尾が特徴的な種族。
卓越した身体能力を持ち、特に走力については生物界でも上位に位置する。
「別の世界の名前を持って生まれてくる」とも言われているが、まだまだ謎が多く、詳細については不明である。

とある。またアニメ2期1話冒頭の下字幕では、


この作品は実際の競走馬の物語をモチーフとし、事実に基づいた表現を心がけたフィクションです。

とも書かれている。

いずれも共通しているのは、「本人(馬)とウマ娘は別」ということだ。例えば歴史上の人物が転生するような「本人系擬人化」(いや擬人化って元々人だろとなるのは重々承知しているが、「元ネタを再構成してキャラクター化する」という広義の擬人化で捉えていただけると幸い)ではなく、あくまでウマ娘は"関係が深い他人"というわけである。つまり過去のヒーローやヒロインたる競走馬そのものではない。

本人ではない。ここが面白いのだ。
この面白さが2期10話には強く表れていた。そこで「ウマ娘トウカイテイオー」が骨折した挫折から復活する10話の内容を「本人のトウカイテイオー」と「ウマ娘のトウカイテイオー」を比較することで、その面白さを明らかにしたい。

ではまずは本人たる史実の93年のトウカイテイオー陣営は挫折からどう復活したか。そもそも挫折と復活というのは、我々人間が人間像を投影したからであり、復活の理由は単にトウカイテイオーが競走馬として"まだ引退していないから"というだけだったかもしれない。いや馬主、調教師、厩務員をはじめとした関係者の「プリンストウカイテイオーをこのまま引退させない」というホースマンとしての意地だったかもしれない。もちろん答えは当事者のみぞ知ることだが、しかし少なくとも、本人にあたるトウカイテイオー陣営の復活の原動力が、同年7月に開催されたオールカマーのツインターボの勝利ではないだろうし、ましてや未来の2015年以降のキタサンブラックではないことは言い切ることができる。

しかし「ウマ娘のトウカイテイオー」は違う。3度目の骨折により挫折したトウカイテイオーは、秋のファン大感謝祭で、自分の復活を諦めていないキタサンブラックの姿にシンボリルドルフに憧れる自分を見つけ、そして自分の諦めを勝手に押し付け勝てないと決めつけていたツインターボの勝利に忘れていた「諦めない心」を思い出す。ここでは単に擬人化したからできる「人としての行動思考」に加えて、史実にないエピソードが「追加」されている。この「追加」こそが史実のトウカイテイオーに加えて「ウマ娘のトウカイテイオー」にひと味もふた味も深みを与えているのだ。そう、これは皇帝シンボリルドルフのプリンスたるトウカイテイオーの物語ではなく、「ウマ娘のトウカイテイオー」の物語なのだ。だからウマ娘は面白いのだ。これほど惹かれるのだ。

ここでは2期10話を例に挙げたが、他のアニメの回でも、アプリでも、漫画『シンデレラグレイ』でも、それぞれのキャラクターが、元ネタを丁寧になぞりつつも、それぞれの「ウマ娘」としての競争人生を歩んでいる。これにより、初めて競馬に触れる人はもちろんのこと、往年の競馬ファンでも、新たな「ウマ娘」の物語としてワクワクすることができるのが、ウマ娘の大きな魅力の1つなのだ。


このようにウマ娘は、競馬という最高級の脚本を強くリスペクトしつつ丁寧に元ネタをなぞり、擬人化によって「人」の視点を加えるという擬人化モノの成功の基礎を押さえているだけでなく、ウマ娘という世界観によるエピソードの「追加」を行うことよって、元の競走馬とは異なる新たなウマ娘像を創り上げている。私はここに惹かれた。拙文により少しでもこの魅力が伝わっていれば幸いである。

最後に、ウマ娘プリティーダービーは現在アニメ2期が10話まで放送中。アプリもスマホ版は既にリリースされ、本日3月10日にはPCでできるDMM版もリリースされた。さらにヤングジャンプではオグリキャップを主人公とした漫画『シンデレラグレイ』が連載中だ。アプリでもアニメでも漫画でも少しでもウマ娘に興味を持たれた方は、是非手を伸ばしていただきたい。きっとそこには「ウマ娘」の物語がある。

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