チャリ盗難ダービーを開催した
みなさんは自転車を盗まれたことがありますか?
学校、会社からの帰り道に駅にとめておいたはずの自転車が見当たらない。
そのときの自分の半身を失ったかのような喪失感は自転車を盗まれたことのある人にしかわかりません。
自分が何か悪いことをしたわけでもないのに自転車がない。自転車を失った悲しみと、犯人へのいらだちが複雑に絡まり合いながら、とぼとぼと歩いて帰るのです。
翌朝には自転車を盗まれたことを忘れ、亡き自転車の影を駐輪場で必死に探します。そして、しばらくしてから気づくのです。
「ああ、彼女はもう僕のもとを去ったんだった」と。
「学校から帰ろうとしたら、ある友達の自転車だけが盗まれている。」
自転車を盗まれる前の僕は、それを見てケタケタと悪魔のように笑っていました。盗まれたやつがいじられキャラのようなタイプだと、なおさら、おもしろいんですよね。
しかし、自分が自転車を盗まれる当事者になってからというもの、考えは一変しました。
自転車を盗まれたときにこう言われました。
「おいwwwwwwお前の自転車めっちゃ好きなやつおるやんwwww
よかったなモテモテでwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
僕は思いました。
「今度こいつの自転車盗もう」と。
そう考えたまさにその時、僕は気づいたのです。
「ああそうか、アナキン・スカイウォーカーはこうしてダースベーダーになったのか」と。
僕も自転車を盗まれて暗黒面に落ちようとしていました。
「目には目を、歯には歯を」
これではいけない。
復讐は復讐しか生まず、負の連鎖は誰かが止めねばならぬのです。
日本にも自転車を盗まれやすい地域というものがあるそうですが、僕の通っていた大学がある地域は、まさに自転車盗難の聖地でした。
大学一年生の冬、僕は初めて自転車を持っていかれました。
先輩からは自転車を盗まれやすい土地だという話は聞いていたものの、盗まれる瞬間までは、どこか半信半疑でした。
しかし自転車を盗まれて実感しました。
「これが聖地たるゆえんか」と。
大学2年目の春、2台目の自転車が僕のもとを去りました。
しかしおかしいのです。僕の友達の自転車はほとんど盗まれていません。
僕の自転車が高価なわけでもなく、ただのママチャリです。鍵をかけ忘れているわけでもありません。にもかかわらず、僕の自転車ばかりが盗まれていきます。
そして、その年の冬、3台目の自転車が僕のもとを去りました。
僕はモテませんが、僕の自転車だけはモテモテでした。
まったく嬉しくないモテ期が到来中の僕でしたが、
同じく自転車モテ期到来中の友人S君がいました。
S君も3台目の自転車を盗まれたばかり。
盗まれた3台の自転車は僕たちを親友にしました。
僕たちは言葉を交わさずとも、心で通じ合っていました。
そのつながりは、自転車を盗まれたものにしかわからない心地よさがありました。
このまま、仲良く自転車を盗まれ続け、お互いに傷をなめ合う関係でもよかったのです。
しかし、僕たちはそれを良しとしませんでした。
ある日、S君にこう言われました。
「俺たちこのままでいいのか?永遠に自転車を搾取され続ける立場でいいのか?」
その言葉を聞き、僕はかつての自分を思い出しました。
ああ、彼も暗黒面に落ちてしまったのだなと。
「いっしょに自転車を盗まないか?」と今にも言いだしそうなS君をどうなだめるか考え始めていました。
しかし、S君はいいやつでした。そして、ずれていました。
S君は僕に向かってこう言ったのです。
「大学卒業までに自転車をたくさん盗まれたほうが負け」
「『チャリ盗難ダービー』で決着をつけよう」と。
~続く~