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ハレとケの実家
実家に帰るまで片道5時間弱。
僕の実家は広島で、帰るのもちょっと大変だ。
社会人になってから、帰るのはお盆と正月の年に2回。
最近はコロナの影響もあって、そのどちらかすらも帰らないこともある。
年に1回か2回しか帰らないと、実家にも僕の知らない変化がある。
エアコンが変わっていたり、キッチンの換気扇が変わっていたり。
「この間バイクで転んで死にかけたんよ」とエアコンを買い替えた話と同じトーンで父から話されたときはさすがに驚いた。
うちの両親は実家の有事の際もよっぽどのことがないと連絡してこない。
僕に心配をかけたくないという思いがあるのだろう。
実家に帰ったときに、僕の知らない実家の大変な事件を聞くと、僕はこの家のケの日から卒業したのだなと改めて実感するのだ。
実家に帰ったときは、ハレの日だ。
両親は喜んでもてなしてくれる。
「どうせあんたが帰っきたときくらいしか食べんのじゃけえ」とちょっとニヤけながら、いつもより奮発したお肉を焼いてくれる。
帰ったときは、家族みんな元気そうだ。
しかし、実際は僕の知らない苦労の日常があるに違いない。
もっと頼ってくれてもいいよと伝えるけれど、きっとこれからも自分たちの中だけで解決しようとしてしまうのだろう。
それにどうしても近くにいないと頼りにくい部分はあるはずだ。
だから、せめて年に2回の実家に帰る日くらいは、ささいな変化に気づける人でありたい。
今年で50代後半になる両親を思い、実際に会えるのはあと何回だろうかと寂しくも現実的なことを考えながら、ふとそう思った。