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オーストラリアは美味しい(2)

今日も生牡蠣はおいしかった!

シドニーに着いたらまずは生牡蠣

 もう何度、この町を訪れたことだろう。美しい入り江が天然の良港となっている街シドニー。諸説あるようだが、「世界三大美港の街」のひとつとして、アメリカのサンフランシスコ、ブラジルのリオデジャネイロと並び称されるオーストラリア最大の街である。
 シドニーへ着くと、まず向かうのがその世界三大美港に突き出す小さな半島の突端に造られたシドニー・オペラハウスだ。シドニー湾内航路のターミナルとなっているサーキュラーキーで電車を降り、海沿いに続く遊歩道をゆっくり歩いてオペラハウスへと向かう。真夏の抜けるような青空から射すような日差しが照りつけている。穏やかな湾内に行き交うフェリーが作り出す波が模様を描き、日差しをまるで宝石のようにまばゆく反射させている。その向こうに、建築家ヨーン・ウッツオンがヨットの帆をイメージしたというオペラハウスの独特の形をした白い屋根が見えてくる。
 シドニー、いや、オーストラリアを代表する観光名所だけあって、オペラハウス前はいつも大勢の観光客でいっぱいだ。特に中国人グループが自撮棒をつかってスマートフォンでポーズをとった記念写真撮影をしているのを見ることが多い。にぎやかな話し声がオペラハウス前の広場を飛び交っている。
 オペラハウス内の見学は何度もしているし、中でコンサートやオペラ見学もしたことがある。それでもここにやってくるのは、この景色を見ると「シドニーに来たんだ!」と実感できるからだ。そしてもうひとつのお目当てが、すぐ近くにあるシドニーコーブ・オイスターバーで牡蠣を味わいたいからだ。
 オペラハウス前から再びサーキュラーキーに向かって遊歩道を歩くこと2~3分。シドニーコーブとその対岸の歴史地区ロックス、そしてシドニーのもうひとつのシンボルであるシドニー・ハーバーブリッジを望む場所にある屋外レストランが、シドニーコーブ・オイスターバーだ。日差しを遮る大きなパラソルがある席に陣取り、シドニーロックオイスター半ダースとオーストラリアワインの名産地のひとつハンターバレー産の白ワイン、シャルドネをオーダー。
 サングラスをかけていても満面の笑みというのがよくわかるオージーのフロアスタッフが、「自慢の牡蠣よ」と言わんばかりの仕草でテーブルに生牡蠣を置く。氷を敷き詰めた皿の上に小ぶりだが、ふっくらとした身の牡蠣が並んでいる。食欲をそそる光景だ。レモンをぎゅっと絞りかける。口に運ぶと海の潮味がふわっと口の中に広がる。半ダースどころか、何個でもいけそう……そんな気分になってしまう。

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《シドニー・ハーバーブリッジを望む場所にあるシドニーコーブ・オイスターバー》

シドニーロックオイスターとパシフィックオイスター

 オーストラリアでは牡蠣の養殖が盛んで、おもにシドニーのあるニューサウスウエールズ州、そして南オーストラリア州、タスマニア州で主要産業のひとつとなっている。そこで養殖されている牡蠣だが、ニューサウスウエールズ州の場合、オーストラリア原産のシドニーロックオイスター、そしてパシフィックオイスター。南オーストラリア州およびタスマニア州ではほとんどがパシフィックオイスターだ。
 白人がオーストラリアにやってくるずっと前から、この大陸には先住民オーストラリアアボリジニが住んでいた。狩猟採集民である彼らのうち沿岸部に住んでいた部族は、その食料として海辺で比較的簡単に採れる牡蠣を食べていたとされる。現在のシドニー沿岸部を中心とする一帯で最も多く採れていたのがシドニーロックオイスターだ。白人入植後、カキの需要が増大し、1880年代始めには「オーストラリア最初の水産養殖業」としてモートンベイ(現在のクイーンズランド州ブリスベン近郊)でシドニーロックオイスターの養殖が始まった。また1887年にはタスマニアでも、タスマニア原産の牡蠣の養殖が始まっている。
 かつての西欧人は海産物を生で食べる習慣がなかった、わずかな例外としてフランスなどで食されていたのが生牡蠣。それが西欧社会で一般的となり、オーストラリアでも数多く消費されるようになっていったというわけだ。第二次世界大戦後、牡蠣の需要が増大するのに反比例し、タスマニア州や南オーストラリア州では地場産の牡蠣がさまざまな原因で思うように取れなくなってきた。そこで1947年、世界各地で病原菌に強いと評判だった日本の種牡蠣(マガキ)がオーストラリアにも輸入されることになる。日本産の種牡蠣を使った養殖が、南オーストラリア州とタスマニア州で開始されたのだ。シドニーパシフィックオイスターより大ぶりで、しかも生育に2~3年かかるシドニーロックオイスターに比べ、わずか一年ほどしで出荷できるこの日本産牡蠣は、一気にオーストラリアの牡蠣市場のシェアの多くを占めるようになった。これがパシフィックオイスターだ。またごくわずかだが、世界最高レベルの味と評判のニュージーランド産ブラフオイスターの近種といわれるフラットオイスター(別名マッドオイスター)も養殖されている。

パシフィックオイスターを食べに南へ

 オーストラリアの牡蠣養殖地でよく知られているのがタスマニア州と南オーストラリア州だ。特に南オーストラリアのエアー半島西側のコフィンベイからストリッキーベイ、スモーキーベイ、セデューナと続く一帯は、汚染のほとんどないグレートオーストラリア湾に面しており、「世界で最もきれいな海で行われる牡蠣養殖」といわれているほどだ。エアー半島の旅の途中、そのひとつ、スモーキーベイのオイスターファームを訪ねた。大きな産業は牡蠣養殖だけということもあってか、スモーキーベイに車が近づいても、あまり町にやってきたという感じがしない。もともと内陸部の壮大なアウトバックを体験するためにエアー半島を訪れていたので、オイスターファーム見学自体は、ちょっとしたついでくらいの気持ちだった。
 町外れの海辺に、活気がほとんど感じられない養殖場の大きな建物がぽつんと建っていた。建物の中は磯の香りがいっぱいだった。ベルトコンベアーの上に水揚げされたばかりの牡蠣がのせられ、大きさごとに選別する作業を二人の若い男たちが行っていた。工場を案内してくれたのは、無精ひげを生やした半ズボン姿のおじさんだ。

「南オーストラリアの牡蠣っていうとコフィンベイが注目を集めているけれど、スモーキーベイの牡蠣は美食家の間では《オーシャンスイート》って呼ばれるほど甘みがあるんだ。どこにも負けない牡蠣だよ」

 初めて聞く話だった。コフィンベイならまだしも、スモーキーベイという地名自体、エアー半島を旅することを決めてから知ったほど。エアー半島を紹介するパンフレットに『エアー半島シーフードトレイル Eyer Peninsula's Seafood Trail』というのがあって、それを見なければ、素通りしてしまうような町だったのだ。
 スタッフのおじさんが自慢げに話す説明を、うん、うん、とうなずきながら聞いたあと、待ちに待った試食タイムだ。選別している中ではミドルサイズの大きさの牡蠣の殻を割って、差し出してきた。出荷前の、まさに取れたてだ。ツルリと口の中に滑り込んだ牡蠣。口の中で海の香りが立ち上る。かみしめるとクリーミーな身が口いっぱいに広がる。牡蠣独特の甘みも確かにたっぷり。これはうまい。僕の様子に満足げにうなずいたのおじさんが、もうひとつ僕に割った牡蠣を差し出して
「イッツ・オーシャンスイートIt's Ocean Suite」
 と顔をほころばせた。

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《スモーキーベイの牡蠣養殖場》

シーフードの宝庫タスマニアで取れたて牡蠣を食べる

 南オーストラリア州で牡蠣を食べたら、次はやはりタスマニア州だ。タスマニアの牡蠣養殖はホバート近郊のピットウオーター、ホバートの南ブルーニー島、タスマニア東部沿岸のセントヘレンズ、ビシェノ、コールスベイ、スウォンジーなどで行われている。そのひとつブルーニー島は、美食の島と評判のタスマニアでも、特に美味しい物が集まる場所として近年注目を集めている。
 というわけで牡蠣を食べに向かったのはブルーニー島だ。ブルーニー島南岸はタスマン海がサザンオーシャン(南極海)とぶつかる場所で、南オーストラリア州のグレートオーストラリアン湾に負けず劣らず海水のきれいなところだ。ホバートから車で20分ほどでブルーニー島へ向かうカーフェリーの発着場所に着く。丸一日をブルーニー島で過ごしたいと思い、朝一番のカーフェリーに乗るために早起きした。船を待つ車の列が延び出した頃、やっと夜がけ始めた。さあ、ブルーニー島へ出発だ。
 島最南端の灯台を訪れたり、ワイナリーやチーズ工場を巡ったり、野生のオーストラリアオットセイやマイルカ、アホウドリを観に行くクルーズに参加したり……たっぷりブルーニー島観光をしたあとに立ち寄ったのが、牡蠣養殖場兼レストランのゲットシャック・オイスターファームだ。海辺の小屋に屋内外のソファとテーブルを置いただけの、しゃれっ気のほとんどない店だが、地元では有名店。結構テーブルが埋まっているし、のんびりとワインを飲みながらソファでくつろいでいるカップルもいる。
 屋外のテーブルをひとつキープして、本日取れたてパシフィックオイスター半ダースと、ブルーニー島産ホワイトワイン、ブルーニーアイランド・プレミアムワイン・アンウッドシャルドネをオーダーする。取れたての味を楽しむために、南オーストラリアの養殖場でやったように、レモンも何もかけずに、まずは一つ目を口に運ぶ。滑るように口に入ってきた牡蠣をかみしめる。
「んまっ」
 と声が漏れてしまう。まだ若々しいワインも生牡蠣によく合う。
 今から70年近く前に日本から渡った種牡蠣が、オーストラリアの海で元気に育ち、今、世代を超え、私たちの舌を楽しませてくれている。この豊かな味を満喫できることに感謝……まあ、食べている時はそんなことも考えられずに、ただ次から次へと口へ運んでしまったのだが。

 ああっ、今日も生牡蠣はおいしかった!

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《ブルーニー島で取れたて牡蠣を食す!》

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