本のデザインができるまで 〜 「ぜんぶ、すてれば」
すっかり秋だ!読書の秋。
noteでも読書感想文投稿コンテストをやるようだ。
書くこともないし、感想文を書くか!!!
って課題図書から何か読む本をふんふんって探していたら、
あ、課題図書の中に1冊、自分がデザインした本が!!!!
『ぜんぶ、すてれば』中野善壽 #ぜんぶすてれば
おお!これなら、もう読んだし!家にあるし!すぐに書けそうだ!
って感想文を書きかけて、「いや、ちょっと待て!」と、
書くなら感想文じゃないだろう…という心の声が。
書くなら「デザイン」についてだろう。
うーん、正直、面倒くさい。
ただ、感想を書くよりはいいのか?どうなのか?
23分ほど、悩みつつ、とりあえず書いてみることにした。
1冊の本のデザインが完成するまでのプロセスについてだ。
あまり気が進まないのは、書くのが大変だからというのもある。
ただもっと大きいのは「え!?そんな程度のことしか考えてないの?」みたいに思われる恐怖と、自分の裸をさらすような気恥ずかしさがあるからだ。
しがないフリーランスデザイナーのデザインの話…。
誰も知りたくないだろうし、わざわざ書くような話でもないとは思うのだけど、本のデザインってどうやって作ってるの?って、ちょっとだけ興味がある人には、何かの参考にはなるかもしれない。ならないかもしれないけど…。
あくまで、一例として読み飛ばしてもらえればと思う。
1冊の本のデザインができるまでの大まかな流れ
以前、noteの記事を書くときにこういうチャートを作った。
あくまでぼくの場合だけど、おおまかな仕事の流れはこうなっている。
自分では当たり前になってしまっていることだけど、こうして図解してみるのってけっこういい思考の整理になる。
ものによって少し変わってくるけど、だいたいはこのような流れで仕事が始まって、終わっていく。
本のデザインは、本作りの中ではパートの一部にすぎない。
多くの場合は原稿がある程度仕上がって、タイトルや帯のコピーが決まって、本作りの終盤にさしかかったところで依頼が来る場合が多い。
なので、いつもそんなに時間がない。
もちろんたっぷり時間があることもあるけど、ほとんどがバタバタ進行だ。
そんなわけで上記のチャートのスタートからゴールまで、大体2ヵ月半くらいで終わるのが平均的な進行だ。
早ければ1ヵ月かからずに終わるような特殊な例もあるけど、そうするとかなりハードな働き方を余儀なくされる。
これを同時に何本も並行させて動かしていくのが通常の働き方になっている。
さて、チャートをもとに、順を追って流れを見てみよう。
1 依頼のメールが来る
2020年1月10日(金)21:21
ディスカヴァー・トゥエンティワンの編集者 林さんよりメールが来た。
仕事の依頼のメールだ。
これは何度もらっても嬉しい!!
というか、依頼メールが来なくなったらぼくの場合は、無職、失業者になる。
ありがたい。本当にありがたい。
メールの件名は、
4月新刊「ぜんぶ捨てれば」装丁につきまして
内容はざっと下記のようなもの(省略してます)。
著者は、寺田倉庫の元社長、中野善壽(なかの・よしひさ)さん。
企画は彼の「ぜんぶ捨てる」「本質をつく」人生哲学をもとにしたビジネス書。
装丁と本文のデザインを××万円でお願いしたい。
なるほど、寺田倉庫、倉庫の会社ですよね。
倉庫の社長の人生哲学が「ぜんぶ捨てる」と。
倉庫の人が、捨てる哲学。
なんだか面白そうだ。
企画書と初稿が添付されていた。
さっそく企画書を読んでみた。
コンセプトは「不要なものは捨てて、今を生きる」人生哲学。
・生きる為に必要な分だけあればいい
・すべてを忘れ去る
・必要な分以外はすべて寄付をする
・1時間以上かかる予定はいれない
仮の構成案も面白そう。
初校もざっと目を通した。
なんかいい予感がする。売れそう。
こういう面白そうな企画は積極的にやってみたい。
ただ、スケジュールを見てがく然とする。
1月14日〜17日 打ち合わせ
1月28日(火) 本文フォーマットラフ
1月31日(金) カバーラフ
メールをもらった時点で1月のスケジュールが完全に埋まっていた。
仕事も40冊くらい抱えていた。
さらに撮影の立ち会いが必要な料理本など時間のかかる案件も抱えていて、1月中はまともに動ける時間がまったくなかった。
スケジュール帳を見てもどこにもすき間はない。
2月に入れば少しは時間もできそうだけど、こりゃ、ダメだ。
残念だけど断るしかない。
2 条件・打ち合せ日程をメール確認
2020年1月11日(土)11:19
断るしかない。すぐにメールを書いた。
ただ、面白そうな仕事ではある。
1月にはデザインを完成させるスケジュールのようだけど、2月に入ればどうにかなるかもしれない。ダメ元で以下のようなメールを送ってみた。
お仕事嬉しいです!
ちょっと中面見てみました。
是非やってみたい!!のですが、スケジュールが…
1月が完全に埋まってしまっていて、もう少し先なら…と。
1月末取りかかりか、2月に入ってからの取りかかりなら
何とかできるかもという感じです。
すぐに返信が来た。スケジュール調整してみますとのことだった。
それから1週間ほどしてメールがきた。
スケジュール調整した案が送られてきた。
1月27日〜31日 打ち合わせ
2月3日(月) 本文フォーマットラフ
2月6日(木)午前 カバーラフ
んが?!
た、たしかにこれなら2月の取りかかりだ。
しかし、なんてタイトなスケジュールなんだ。
できるかしら…。
しかし、これは「やれ!」ってことだろう。
できるかどうか、考えてる時間がもったいない。
限界に近いくらい仕事を抱えているけど、1冊増えたところで、何も変わらないだろう…。
そして打ち合わせ日時を確定させた。
3 編集者と打ち合わせ
2020年1月27日(月)17:15
打ち合わせは都内のカフェで。(ロンハーマン 千駄ヶ谷店)
ぼくは都内の撮影スタジオで料理本の撮影の立ち会いが終わった後で、林さんは取材でちょうどその近くに来ているということで、すこし中途半端な時間の待ち合わせだった。
打ち合わせは直接会って1時間ほど話すようにしている。
(いまはこの状況なのでオンラインがメインになった)
打ち合わせ──。正直すこし面倒だ。
時間を合わせるのもなかなか大変だったりする。
移動も含め時間も取られる。
メールのやりとりで成立する仕事もあるし、ときどきやってもやらなくてもいいような打ち合わせがあるのも事実だけど、それでも絶対にやっておく理由がある。
それは自分なりに決めている「締め切りのルール」のためだ。
ぼくにとって大きいのはこれだ。
締め切り日の管理をいちいちしいないですむように、「打ち合わせの1週間後をデザイン締め切りの目安にする」というルールを作っている。
もちろん実際の締め切りはそんなに早くはないのだけど、早めに設定することで、スケジュール的にも精神的にも余裕を持つようにしている。
打ち合わせをした日をスタートにして、そこから仕事を開始、7日後に送るというルール設定だ。
つまり打ち合わせは仕事開始のスタートライン。
そしてやる気のスイッチを入れる儀式のようなものだ。
(くわしくはここに書いた)
もちろん打ち合わせの主目的はデザインの方向性の確認だ。
何を話すかは企画や相手によって違うけど、例えばビジネス・実用書であれば確認するのは、「誰に向けた本なのか」「どこの棚をメインにした本か」「どの本の隣に置きたい本なのか」というようなことだ。
「ジャンル」と「ターゲット」を明確にするということだ。
この打ち合わせでは、
・自己啓発要素の強いビジネス書であること
・意識の高いビジネスパーソンがメインというよりはもっと広い読者層に届けたい
・都心の書店がメインの売り場であるけど地方でもなじみやすい装丁にする
・「捨てる」がテーマなのであまり余計な要素はいれずシンプルなデザインにする
・シンプルだけど白地に文字だけみたいなものにはしない
・写真などビジュアル素材はない方がいい
おおまかにはこのようなことを確認した。
たいていはターゲットなどハッキリしている場合が多いので、ある程度方向性を確認することができる。
ただ、打ち合わせで出てくる要望は、矛盾をはらんでいる場合が多い。
○「シンプルでオシャレに」でも「タイトルはできるだけ大きく目立つように」
○「あまり色は使わない方がいい」でも「目立つ色を入れて目立たせたい」
○「男性がメインターゲット」でも「女性でも手に取りやすく」
○「30代のビジネスパーソン向け」でも「40代女性でも興味を引くように」
こういう相反する要望に着地点を見つけるのがデザインの仕事なんだろうなと思う。言葉の上では矛盾していても、これを形にできるのがデザインという仕事の特性のような気がする。そのために自分はいるんだろうな、と。
こちらが作るのは「正解」や「答え」ではない。
正解かはわからないけど、色んな可能性の中にあるひとつの着地点を提示することだと思っている。
打ち合わせではデザインをこうしようとか、具体的なイメージを考えるようなことはまずない。
どちらかというとぼんやりとしたヒントを探すようにしている。
この日の打ち合わせでは雑談のようなかたちで、寺田倉庫の会社の様子や、社長の人物像などをヒアリングでして、ぼんやりとイメージをふくらませていった。
このときは「有機的」「不規則さ」「温かみのある質感」こういうワードが頭に入ってきた。こういうボンヤリしたワードがデザインをする上でヒントになることもある。
メモのようなものも一応取っているけど、それは手持ちぶさたなので手を動かしているだけで、実際あとで見直すようなことはほとんどない。
打ち合わせでデザインを固めることはないけど、選択肢を減らすことはできる。
つまりこの方向性は作らなくていいという確認だ。
この本、「ぜんぶすてれば」も、作りようによってはどんなデザインにでもできてしまう。
例えば──「直球のビジネス書テイスト」「元気のいい自己啓発風」「エッセイ風」「軽めなライトビジネステイスト」同じタイトルでもそれなりに作れてしまう。
つまり、こういうデザインは作らなくていいという確認だ。
余計なイメージを捨てる作業と言っていいかもしれない。
この日は打ち合わせの後、スマホで寺田倉庫のホームページをみたり、著者のインタビュー記事を読んだりしながら電車で帰路についた。そして大雨の中、映画館に行き映画「mellow メロウ」を見た。どうでもいいことだけど…
4 デザイン案を作る
2020年1月28日(火)10:02
編集の林さんからタイトルのテキストなどの素材がメールで送られてきたので、さっそくデザインに着手する。
ぼくは打ち合わせをしたら翌日にはデザインに手を着けるようにしている。
とにかく一刻も早く手を着けて、いったん形にしてしまう。
一度作って寝かせる。そして数日経ってそれを見直して手を入れる。そして新しい案を作る。それを習慣にしている。(詳しくはここに書いた)
さて、どうデザインに手をつけていくか。
これは人によって全然違うと思う。
ぼくの場合も、作るもの次第で全然作り方が違う。
手書きでタイトルを書くことから始めるもの、ピクトやアイコンから作り始めるもの、写真を探すことから始めるもの、イラストレーターを探すことから始めるもの、書店に行って棚をリサーチするところから始めるもの、本当にバラバラだ。
アプローチは違うけど、とにかくまずは手を動かしながら考えるようしている。
手順はここにも書いたけど、何も思い浮かんでいなかっとしても、とにかく手を動かす。
まず、書籍の大きさの四角を画面に書く。
これがスタート。
そして保存する。
ファイル名は「1」と付ける。
これもルール化している。
1案目が「1」、2案目が「2」、1案目の色違いなどは「1−2」、2案目のバリエーションは「2-2」とファイル名をつけていく。
──編集者とのやりとりで、デザイン案に調整や、リテイクが入ったら「01」「02」と頭にゼロを一つ足していく。これで何回やり直したかが分かるようになっている。最近、いちばん直しが多かった仕事のファイル名は「00000000001」になっている。どうやら10回やり直しが入ったらしい。以上、余談です。
さて、四角を作ったら、何も考えずにそこにタイトルや著者名などをコピー&ペーストでいれていく。
これがもらったテキスト。
帯のネームはまだ仮だ。これくらいの分量のテキストと推薦が入るという目安になっている。
これを配置していく。
何も考えずにただ配置するだけ。
まずはどのくらいの要素が入るかをここで確認する。
同時に大体どのくらいの大きさで入れるかくらいは目測をつけておく。
そしてここから大きさを整えたり、書体をどうするか考えていく。
そうしていくうちに自然とデザイン作業が始まっていく。
「デザインするぞ!」と思って仕事に向きあおうとすると、少し気が重くなったりするけど、何も考えずに四角を作るだけ、文字を置くだけ、って手を動かすと、意外にすーっと仕事に入っていける。
これは文章を書いたりするのも同じだと思う。
何も考えず作業を一つする。
ファイルを作って保存するとか、今日の日付けだけ書くとか、さわりだけ何も考えずにやることで、「面倒だ」と思ってることにすっと入っていける。
これは何にでも応用できるやる気のスイッチだと思っている。
「さぁ、やろう!」って思っても、そう簡単に向きあうなんてできない。
ネットサーフィンを始めたり、だらだらスマホをいじってしまったり…どうしてもサボりクセが出てしまう。
スイッチを切り替えて、効率よく動くためには自分なりに仕組みを作っていくしかない。
そうやって手を動かして考えつつ、色々と試作しながら、まず作ったのがこの案だ。
捨てる=ゴミ箱
安易な発想ではあるけど、それほど外れてはないとは思う。
ミニマルな線で描いたゴミ箱も悪くない気がする。
ひとまず1案として考えていいだろう。
ただ少し無機質な感じがする。
ここで次の案を考える。
ここで活きてくるのが打ち合わせ時のぼんやりしたイメージだ。
「有機的」「不規則さ」「温かみのある質感」こういう要素を入れられないか。
有機的で不規則な、本によって表情が違う感じにできないか…
ふと思い浮かんだのが、木目のような紙だった。
記憶では確か「木目」のような紙があったはずだ。
こういう模様の紙。
紙見本を片っ端から探したけど、全然見つからない…。
うう、おかしい、記憶では確かにあったんだけど。
ネットでも探してみた。
「紙 木目」で検索
ないこともないようだけど、印刷で使えるような紙はなさそうだ。
ここは専門家に聞いてみよう。
紙屋さんの担当の人にメールで問い合わせた。
昔、木目調の紙のサンプルを
見たことがあったような気がしたのですが、
そういう紙ってありますでしょうか?
あったとしても生産中止だろうな…と思いつつ、
現実的にカバー(帯)で使える木目のような柄の紙が
あるといいなと思っています。
ほどなく返信が来た。
その紙はすでに廃版になっていた。
以前は木目調の紙として「コボック」「レオニア」等があったようだけど今はもうないらしい。
現在はドイツに木目調の紙「Savanna」があるらしいが、日本で使うのは現実的ではないらしい。
代替えとして「コルキー」や「岩肌」を木目に見立てて使う提案をもらった。
確かに悪くはないけど、もう少し違う感じが欲しい。
岩っぽさよりももう少し温かい感じというか、自然っぽさというか。
いろいろ紙を見て「羊皮紙」はどうかなと思った。
羊皮紙と言っても、本当に動物の皮を使った紙ではない。
そういう名前の紙だ。
これなら、模様も不規則で、本によって表情も変わってきそうだ。
しかも温かみも表現できそうな気がする。
それで「羊皮紙」を使ったイメージでもう1案作ってみた。
タイトルの主張は少し弱めにして、紙の風合いを押し出すデザイン。
悪くない。
これで2案できた。
これで1日目は終了。
ちなみにぼくは仕事をしながら、アニメやドラマを見ているのだけど、この日見たのはこんな作品だった。
アニメ
「ID:INVADED」5話、「ダーウィンズゲーム」4話、「群れなせ!シートン学園」4話、「ケンガンアシュラ」3話、「A3!」3話、「ファンタシースターオンライン2 エピソード・オラクル」16話、「メイド・イン・アビス」1〜12話(AmazonPrimeで全話見直し)
ドラマ
「絶対零度」4話、「釣りバカ日誌2」(再)3話、「麒麟がくる」1〜2話、「シロでもクロでもない世界でパンダは笑う」3話、「義母と娘のブルース 2020年新春スペシャル」
2020年2月1日(土) 午後
2案作って、数日経った。ここでデザインを見直す。
ここで1日目で作ったデザインを見直しつつ、新しいデザインを作っていく。
この日作ったのはこんなデザイン。
右は「ない」と言われていた白地にタイトル、ドンというデザインだ。
ただ文字の一部を隠すようなあしらいをいれることで少し変化が出せないかという試作をしてみた(この案は最終的に送らなかった)。
左の案も「ない」と言っていた写真を使った案だ。
ただ画像を全面にでなく、アクセント的にいれるのはありなような気がした。
他にもいくつか実験・試作しているのだけど、見せるのはやめておく。
あえて「ない」という案でも作ってみることで何かの突破口になるかもしれないので、とにかくこういう実験を繰り返す。
ちなみに帯については、「仮ネーム」なので、あとで作り直すことも考えてこの時点ではあまり作り込みをしていない。
5 デザイン案を送る
2020年2月3日(月) 11:24
さて、本来の装丁案のデザイン提出は6日(金)なのだけど、3日(月)は本文デザインの提出の日。
ここまでに装丁のデザイン案を作りながら、本文についても作業を進めていた。
本文のデザイン。当初はこういうページデザインを考えていた。
見開きで1コンテンツが完結する本ということで、ノンブルを斜めにして上下にいれたり、センターにある本文に目が行くような仕掛けをしたデザインだ。
ただ、これだと余計な要素が多すぎる。
結局、章立てもナンバーリングも余計なものはぜんぶ取り払うことになった。
それで下のようなデザインに落ち着いた。
本文と見出しとノンブル(ページ数)だけ!
ザ・シンプル。
さらにこの本、章扉も、目次もない。
本当に要素をとことん削っている。
まさに「ぜんぶ、すてれば」だ。
この本文のデザインを送るのと同時に装丁案も送ることにした。
同時に送った方がイメージが伝わりやすいし、分散させるよりも手間が減るからだ。
装丁案は、これまでに3案作ってある。
ここで最後にひと仕事する。
送る前に最後に1案、作り足すのだ。
「もうこのまま送ってもいいや」ってところまではできているので、最後に作る案は実はどうでもいい。だから、いちばん自由な発想で、のびのびと作ることができる。
今まで作ってきたものをぜんぶ捨てる作業と言ってもいい。
作ってみて、しょうもないものができることもあって、そういう場合は送らないこともある。だけど、意外にこの最後のひとあがきが良い効果を生むケースが多い。
送る直前に最後のひとあがきで作ったのがこの案。
タイトルの一部をとことん大きくしてみた。
「捨てる」というコンセプトを強く打ち出す効果があるし、何よりここまで大きければかなり遠くからでもタイトルを視認することができそうだ。
これで大きく4つのデザイン案ができたことになる。
これをPDFにまとめて編集者に送った。
送ったのは下の7パターン。
メモ書き程度に紙のイメージも書いておいた。
もう少し作った案はあったのだけど、送るまでもない案はこの時点でカットした。7パターンは、ぼくの仕事の中ではかなり少ない方だ。
この仕事については余計なものは「捨てる」だ。
6 返事が来る
2020年2月3日(月) 12:41
1時間ほどして返事が来た。
ラフ、ありがとうございます!
どれもいいですね!
すみません。
ひとつ、パターン3なのですが、
漢字の「捨」を
ひらがなの「す」に
したものも作成いただけないでしょうか。
とのこと。なるほど。
パターン3、羊皮紙バックで文字を大きくしたものか。
最後に作り足した案が好感触のようだ。
本当に「最後の一案が支持される」パターンが多い。
なので、この最後のひとあがきがやめられない。
どんなに忙しくてせっぱつまっていても、最後のひとあがきは必ず作る。
この最後の部分だけスッとできるようになれば、ここまでのプロセスは必要ないんじゃないかと思うこともあるのだけど…。
でもそんな近道はやはりないんだろうな。
積み上げた上で壊す、これが重要なんだろう。
とにかく好感触でよかった。
7 調整案を作って確認に出す
2020年2月3日(月) 12:55
調整のお願いが来たので、すぐに、「す」をひらがなに変えた案を送った。
送ったあと追加オーダーで、書体を明朝に変えたものも見たいということで、再調整することになる。確かに、明朝の方がしっくりくるかもしれない…。
この調整はちょっとだけ時間をもらって、翌日の朝することにした。
2020年2月4日(火) 8:20
再調整した案を作ってメールに添付して送った。
比較のために、もとにあった案もふくめて「捨て」を「すて」にしたもの、「す」の書体をかえたものなどいくつかパターンを用意した。
8 デザイン確定
2020年2月6日(金)18:50
編集の林さんから返事が来た。
棚に置いて他の本と比較したりいろいろと検討したようだ。
やった!!決まった!
最後に送った案のパターン6に決定!これで一安心だ。
当初、デザイン案を送るはずだった6日にデザインが確定する前倒し進行。
すばらしい!!
もしかすると、この瞬間がいちばん心が安らぐ瞬間かもしれない。
ただ、ここまで来ても気が抜けない。
いったん決まった!と思っても、営業、上司、プロダクション、誰か知らない関係者、いつどこからダメだしが来るかわからない。
本当に驚くようなタイミングで、驚くような直しが来ることがある。
ぜんぶひっくり返るようなとんでもない「修正」という名の完全な作り直し、「ふりだしに戻る」が、最後の最後に発動するなんてことも、年に数回は必ず起きる。ほんとかんべんしてほしい。
この仕事では、さいわいなことにそれはなかった。
とっても順調な進行。
ある意味、理想的な進み方だったと思う。
(だからこそnoteにこうして書けるというのもある)
ここからは微調整だ。
タイトルのフォント、大きさなど細かな部分を整えていく。
まだ仮のネームだった帯の原稿をもらって作り込んだり、編集者と何度かやりとりを重ねながら仕上げていく。
こうしてデザイン案が完成する。
9 要素が全て揃う
2020年2月23日(日)10:45
デザイン案が固まってからかなり時間が空いた。しかも日曜だ。
「全ての要素が揃いました」というメールが送られてきた。
見ると…ずいぶん帯コピーが変わっている。
しかも26日(水)には入稿したいとある。
え!3日後じゃん。
こ、これは…急いでやらないといけない。
フリーランスのデザイナーに休みなんてものは存在しない。
土曜だろうが日曜だろうが祝日だろうが元日だろうが関係ない。
とにかく、急がなきゃいけないときは、「すぐにやる」しかない。
ただ、この日は午後からは映画に行く予定でチケットも買ってしまっていたので、メールをもらってすぐに、ネームが変わった表1の帯部分だけ作り直して送った。
ちなみにこの日に見た映画は、「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」と「スキャンダル」だった。
10 表1以外の要素を作る
2020年2月24日(月・祝日)早朝
祝日の朝だ。でも関係ない。
表1以外の残り要素の作成にとりかかる。
なにせもう時間がない。
2日後には入稿しないといけない。
表1以外の要素とは、つま下の図の赤枠以外の部分だ。
本は分解するとこのようなパーツでできている。
表紙があって、その上にカバーが巻いてあって、その上に帯が巻いてある。
ここまで進めてきたデザインはこのうちの赤枠の中の「表1」部分だけだ。
最後にそれ以外の要素を作っていく。
厳密にいうと下の要素+本の1ページ目の扉までを作る。
カバー
帯
表紙
扉
11 用紙や加工・特色など考える
2020年2月24日(月)午前
装丁の残り要素を作ったら、それぞれの用紙と印刷の加工などを考える。
用紙を決めるタイミングはデザイナーによって違うと思うけど、ぼくの場合はぜんぶ作り終わってから考えるようにさせてもらっている。
ぜんぶ作ってみないと、どうしてもイメージが浮かびにくい。
今回のデザインでは、カバーの用紙イメージだけは最初に固定していた。
いくつか候補を出していたけど最終的には第一候補だった紙を選んだ。
カバー用紙「羊皮紙 古染 110kg 加工:マットニス」
紙はこれでいいんだけど、タイトルの打ち出しを強くしたいと思った。
普通に印刷してもそれなりにインパクトはあると思うけど、メタリックのブラックを箔押しして更に印象を強めようと思った。
コストはけっこう上がるけど、それだけの効果がある!はずだ。
予算の都合もあるのでダメ元で提案した。
カバー特殊加工:黒(メタリック)箔押し
次は帯の紙だ。
ここで当初探していた「木目」の紙のイメージを再現できないか考えた。
そう思って紙見本を物色して、イメージに合いそうな紙を見つけた。
帯:リベロ ピュア 100kg 加工:マットニス
少し不規則に入った横目のエンボス柄が特徴の紙だ。
それから、表紙の紙。
カバーを外しても本のイメージが崩れないように、ここにも風合いのある紙を使いたい。
すこしコストが上がってしまうけど、ブンペルのベージュ色がよさそうだ。
表紙はカバーを外さないと見えない部分なので、コストをかけられないケースが多いのだけど、とりあえず提案だけはしてみよう。
表紙:ブンペル ソイル 175kg
そして、次は見返し。表紙の裏に貼る紙だ。
詳しくはこちらをどうぞ。
見返しは、表紙の紙と同じもので色を変えたものを選んでみた。
見返し:ブンペル ホワイト 75kg
最後に扉だ。
本文の1ページ目につくページ。
本文と同じ紙で印刷することもあるけど、今回は別丁で1枚紙をはさむ形だ。
なので扉の紙も選ぶことになる。
編集者とのやりとりで、この紙だけがらっと雰囲気を変えようという話になった。
そこで提案したのが、この2つの紙だ。
きらびき しんじゅ FW-90
新だん紙 きらら 真珠 110kg
写真ではわからないと思うけど、名前に「きら」が入っているだけあって、「キラキラ」した輝きのある紙だ。
どちらもいい!決められない。
結局、印刷してみないと決められないので、2パターン色校を取ることにした。
12 入稿前の最終確認・修正
2020年2月24日(月)11:15
10で作った装丁全体のPDFと、11で考えた用紙案を編集者にメールで送った。
文字などの校正とをすると同時に、印刷所に用紙の在庫と予算の確認など大急ぎでやってもらうことになる。
翌日返事が来た。
箔押しOK!用紙オールOK!の嬉しい返事。
ただ、ちょっと面倒くさい赤字修正が送られてきた。
最後に束幅(背の厚み)が変更…「な、なにぃ!」っていう、大直しだ。
ま、よくあることだけど…。
13 印刷所に入稿
2020年2月26日(水)8:56
修正確認を数度やりとりして、オールOKとなったので、入稿データを用意する。
フォントのアウトラインを取り、入稿できる形にデータを整えていく。
データと共に印刷の刷り色などを書いた印刷所への指示書を作成する。
この指示書、たぶん2002年頃からずっと同じものを使っている。
「入稿CD」って…いったいいつの時代だ!って感じだ。
指示書と最終のPDF、それと入稿データをサーバーにアップして、メールで入稿する。
「はい、送信!」ポチッとな!
入稿したー!やったー!!!
これでほとんど終わったも同然。
14 色校が届く
2020年3月6日(金)午後
色校が届いた。
色校=色校正とは、最終的な印刷の仕上がりを確認するために、実際の紙に実際の印刷機で刷って、加工までして出力された印刷見本のことだ。
詳しくはこのあたりを読むとわかると思う。
「ぜんぶ、すてれば」の色校は残念ながら本が完成したときに破棄してしまったので手元に残ってない…。
ここで色の乗り具合、印刷のズレ、加工の効果の確認など、細かな部分をチェックしていく。
ここでチェックがモレてしまうとそのまま仕上がってしまう。
トンボ通りに切り抜いて、束見本(白紙のページで作った本の見本)、もしくは似たサイズの別の本にカバーと帯を巻いてみて、実際の仕上がりイメージを確認する。
色校を見て、最後まで決められないでいた別丁扉の紙は、「きらびき しんじゅ FW-90」に決めた。
15 最後の修正
2020年3月8日(日) 12:23
印刷の気になった箇所を色校に書き込み、データで修正する箇所は修正データを作って、印刷所に戻す。
もう一度色校を取る場合は、修正を反映させた再校を取って確認する。
色の濃度を変えて3回、4回と色校を出し直してもらうこともある。
「ぜんぶ、すてれば」は初校(最初の色校)が、すごくきれいに出ていたので大きな直しはなかった。
最後の修正の確認が取れて、作業は終了した。
あとは完成した見本を待つだけ。
ひゃほーーい!!終わった、終わった!!!
酒だ!酒だ!酒もってこーーい!
気分だけは完全にお祭り状態!
だけど…他の仕事が山積み。
で、えーと今日って日曜日ですよね…。
おかしいな〜。
16 完成!見本が送られてくる。
2020年3月22日(日)午後
見本が届いた。
これがこの仕事をやっていて一番嬉しい瞬間だ!
じつは何日も前に郵送したという連絡をもらっていたのだけど、見本の到着が少し遅れた。
理由は良く覚えていないけど、感染症拡大の影響があったのかもしれない。
この仕事を引き受けた頃から2ヵ月ほど経って、世の中は激変してしまっていた。
毎日のように不安なニュースが流れ、日に日に事態が悪くなっている報道がされていた。どこどこの国がロックダウンした、日本も来月はどんなことになっているのか、仕事がどうなってしまうのか、まったく先が見えないでいた。
取りかかっていた仕事でも、出版が延期になるという連絡をちらほら受け取り始めていた。
仕事も不安だったけど、もっと不安になったのは、数年前から計画していた自宅兼事務所の引っ越しだった。最終的な支払いを間近に控えていた。
そんなことしてる場合なのか?
仕事の不安、お金の心配…。
正直、得体の知れない不安で押しつぶされそうだった。
そんな中、届いた見本。
すごく良い仕上がりだ。いつもなら飛び跳ねて大喜びするほどの仕上がり。
もちろん嬉しいには嬉しいけど、もしかしたらこれが最後の見本になっちゃうのか? みたいな余計な心配ばかりがつのっていた。
仕上がりは本当にすばらしい。
黒の箔押しもしっかり効果が出ている。
カバーと帯の紙の質感もいい。
ねらい通りの、いや、その5倍増しくらいの完成度だ。
本を開いてみた。
「きらびき」を使った扉はこんな感じ。
そして、ぱらぱらと本をめくってみる。
「何も、必要ありません。ぜんぶ、捨てればいいんですよ。」
「今日できることは、今すぐやる。明日死ぬかもしれないから。」
冒頭から共感できる言葉が続く。
準備万端の日は一生来ない。
何も考えず、思いきればいい。
そんな言葉が目に飛び込んで、はっとさせられた。
そう、未来はいつだって不確定で思いも寄らないことが起きる。
準備して備えるなんて不可能だ。
一日一日、全力でやりきっていくしかないじゃないか。
起きるかどうかも分からない未来の不安は、とりあえず捨てよう。
そう思ったら、少しだけ気分が楽になった。
このタイミングで、この本が送られてきた。
出会うべくして出会った仕事だったんだろうな、そう思った。
17 お礼の連絡/請求書発送
2020年3月22日(日)20:48
さて、ここで最後の仕事だ。
編集者にお礼のメールを書く。そして請求書を発送する。
ついでにホームページに書名を追加して、仕事は完全終了だ。
すごく細かなことだけど、こういうことをその都度しっかりやって、仕事をためないようにする。
細かいことを先送りにしない!(以前のnoteで書いた)
これを習慣化しておくことで、救われる時が必ずくる。
さて、これで1冊の本の仕事が終わった。
依頼を受けてから終わるまで約2ヵ月だ。
これをだいたい年間に200冊やっている。
そのうち、「ぜんぶ、すてれば」は比較的順調に進んだパターンだ。
中には泣きたくなるようなことが次々に起きて、本気で逃げ出したくなる仕事もある。ま、本気で逃げることはまずないけど…。
今年も今日までに終わっている仕事が157冊で、年末までに40冊くらいは入っているので、200冊に届きそうだ。
この状況下で本当にありがたい。
春頃に延期になった仕事は夏に集中して、今年の夏はなかなかの地獄絵図だった。それでもなんとか乗り越えられた。
毎日、全力を出さないと終わらない。
少しでも気を抜くとゲームオーバーな毎日。
とにかく、目の前のことを夢中でやっている。
正直キツイけど、楽しくて仕方なくもある。
そんな毎日が楽しくて、いつまでも続けたいと思っている。
そのために意識的に身体を動かして体力を維持しているし、たくさんインプットして、企画を考えたり、ときどきこうやって仕事について言語化したり、いろいろ新しいことを始めている。
このままどこにいくのか、どうなりたいのか、よくわからない。
「ぜんぶ、すてれば」に書いてることにも通じるけど、
どうせ先のことは考えてもわからないから、全力で今を生きよう!
そう思って、日曜の朝4時から夜中まで、まる一日かけてこれを書いた。
集中しすぎてジョギングに行きそびれた…。
それでは、全力で生きるフリーランス&自宅作業の毎日を!
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