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【小説 ショートショート】 ラフィングビジネスマン

私の名前は…。
忌黒幸作。人が呼ぶに、ラフィングビジネスマン。普通のビジネスマンではありません。
私の扱うのはハート。ハートであります。
私は過去に囚われた人間、人に依存する人間、趣味に凝り固まった人間たちに、金ではなく、彼らの心、ハートをお代の代わりとしてもらうことで、彼らの望む世界へと連れていくのが仕事だ。
似たようなアニメがあると思われたら、それに類似した仕事だと思って貰えばいい。

今日も私の仕事が始まる。
前までは街で偶然出会った、精神の弱い人間たちを相手に商売をしていたが、今では貸しビルに事務所を開設して、ウツボのようにうちに来た獲物を捉えるスタイルで仕事をしている。

午前十時。
早速、私のオフィスに患者が来たらしい。
私はレコーダーにジョージ・ブレイスの『ラフィングソウル』のレコードを載せ針を落とす。私はコテコテなジャズが好きでしてね。軽快なオルガンの音色が、私の仕事をより一層、捗らせてくれるのだ。まあ、取引相手は最後に地獄に落ちるのですがね。
「どうぞ。次の方」
「はい」
白髪混じりの禿頭の中年男が私のオフィスに入ってきて、私の勧める椅子に座った。スーツはパリッとして小綺麗ではあるが、彼の目は魚のそれのようでくすんでいて全く虚だ。
彼は私の獲ものにぴったりな、淀んだ雰囲気をただよわせている。
「どうなさいましました」私と男は正面に向き合った。
「ちょっと、最近、いやずっと前から仕事がつまらなくて…」
「仕事がね」
「昔の方が楽しかったなと思って、YouTubeとかSpotifyで青春時代の音楽を聴き続けてしまうのです」
「なるほどね」ここまではまだまだ普通の人間が陥る症状だろう。
私はボールペンでカルテに症状を書き込んでゆく。
「どのような音楽ですか?」
「ブルグリ、聞いちゃうんですよねえ…」
「ブリグリ?」私は意味がわからず困っている。
「PVのトミーがとても可愛くてねえ」
「トミー?」
「マイラバとか懐かしい音楽を聴いていると、あっという間に朝になっているんです」
世代の違う私には彼の言っていることはわからなかった。
しかし、音楽といえば自分も似たようなことをやっているかもしれない…。
私も、近年外国でも人気らしい、自分の青春時代だった、八十年台のシティーポップをYouTubeで聞いている。
竹内まりやの「プラスティックラブ」なんて、リアルタイムでは無視していたが、外国の人のコメントを気にながら、それを読みつつ動画を再生している。
もうシティーポップブームは終わったという論議に腹を立てつつ、松原みきや全く名前を知らなかった亜蘭知子などを、やっぱり外国人のコメントともに聞く。
外国ではシティーポップと言わず、ジャパニーズファンクなる呼び方もしているようだが。
しかし、外国人の書き込みも、褒めベースのものばかりでなく、ディスりのコメントもなくはない。
この間見た杏里がダンスをしながら歌う『悲しみが止まらない』のTV収録の映像には「なんで悲しいのに踊ってるんだ」と英語でツッコミが入っていた…。
男の話を聞いて、私と同じだなとは思ったが、しかし、心を鬼にして、奴と私は違う人間なのだと思うことにした。そうだ。同情していては私の『仕事』に取り掛かれはしない。
「自分の興味なかった歌も懐かしくていいんですよね。イエローモンキーの「BURN」とか、井上陽水と奥田民生の『ありがとう』とか…」
と、ミノキシジルとノコギリヤシ、みたいなはげ頭をした親父が嬉しそうに喋っている。
「動画で見るのはそれだけですか?」
「昔のTV CMの動画を見て、当時の商品を検索して、今も売っていたら買ったりして」
「ほう、たいそうな凝りようですな」
「Jリーグチップスは売ってないけど、ワールドカップの時に販売される日本代表チップスを買ったり」
「ははあ」
「でも、ジョルトコーラが見つからないんですよね」
そんなものあるわけがない。
「だから、メルカリで空き缶を探したり」
なかなか奴も重症らしいようだ。
「これ見てくださいよ」
男は一枚の写真を鞄から出してみせた。
そこには高校のバレー部時代に撮られた、若い頃の男の姿が映っていた。
「この頃は女子にもモテて楽しかったのですけどね…」
確かに今と違い、見た目はシュッとしていてそれなりにルックスはいい。
見た目がこうも変わってしまうと、過去に思いを馳せるのもしょうがないのかもしれないと私は思った。
「最近、父も亡くなったことで、またいっそう、昔が懐かしくてね」
きたきた。湿っぽい懐古趣味と情けない精神依存。これこそが私の好物とするものだった。
それでは彼の希望通り、楽しい過去に囚われた頭の中のネバーランドへ永久に閉じ込めてやろうではないか…。
「しかし、これでいいのかな?という思いもありましてね」男は正気に戻り、うすい頭を手で後ろに撫で付ける。
「別にそのままでいいんじゃないですか?」
「そうですかね」男は納得しかねて腕を組む。
「だって今やっている映画なんて、昔のシリーズのプリクエルとか続編ばかりでしょう」
「映画は詳しくないもので…」男は何のことかわからず困惑している。
「エイリアンなんとかとか、ゴーストバスターズうんちゃらとか。スターウォーズの新作ドラマとか…」
「ゴーストバスターズの新しいやつは見たかもしれないな…」
「そんなに子供の頃見た映画に、こだわらなくていいのにと、私は思うんですけどね」
「確かにそれなら、私とやっていることは変わらないかもしれないな」
「こんなことばかりしてたら、新しい作品が生まれなくなると思いますし…」
「じじいのお下がりみたいな映画を見させられて、今の若者は嫌にならなんですかね?」
「彼らはマスコミや権力など、強いものに弱いから、何にも反発はしないでしょう。だからこそ、あなたもそのままでいいのです!」私は力強く彼を説得する。
「そうですか。わかりました」
「もし良かったり、私がいっそう、過去に浸れる場所に連れて行ってあげましょうか」
「それはどこですか?」男の死んだ目が嘘のように輝きを戻した。

私は男と連れ立って、電車を乗り継ぎ、目的の場所についた。
「ここは…」
男は山のようにつまれた粗大ゴミの山を見上げた。
「夢の国です。ここなら、あなたも今の時代にとらわれず、過去の時代に一生浸って生きられるでしょう」
「でも、どうやって?」
「それは…」
あとは「ズドーン」と私が中指を突きつければ、奴は夢の世界へと飛び立つことになる。自分の脳内の青春時代に戻り、楽しくそこで生き続ける。
無論、現実の人間としては使い物にはならない、ゴミの山に住むスクラップ人間になってしまうのだが…。
しかし、私も因果な能力を授かってしまったものだ。
他に何かいい能力はなかったのか?簡単に金が儲かる能力とか、この二等身が八頭身になるとか、なまっちろい顔が精悍な浅黒い顔になるとか、たらこ唇が治るとか、垂れ目が吊り目になるとか…。
こんな見た目だから、人を酷い目に合わせたいのかもしれない。
そんな自分の中の深層心理を、思わないことはないけど、仕事をするために、なんとかそれを脳内から打ち消した。
「じゃあ、行きますよ!」
棒立ちの男に向かい、二段モーションで腕を振りかぶり、私が中指を奴に突き立てようとすると…。
「待ちなさいよ!」
突然、ゴミの山の向こうから声が聞こえてきた。
男はなんだと思い、不思議そうに後ろを振り返る。
私は私でどこか聞いたことがあるような声に、全身を凍り付かせていた。
そうだ、この声は…。家でよく聞く女の声だ。
「あんた、何やってんの!」廃棄物に囲まれた道から現れたのは、私と区別がつかないぐらい容姿が瓜二つの妻だった。
「いや、その…」
「また仕事しないで、くだらないズドーン道楽やって!」
「ズドーン道楽?」
男は訳が分からずゴミの山をバックに、ただただ首を傾げている。
「またどうせ、過去に依存してどうのこうのとかで、この人に変なことしようとしてたんでしょ」
「そんなことは…」
妻に自分のやっていることを見抜かれ、私は沈黙した。
「人間ってのはね、未練がましい生き物なのよ。過去に縋ったり、何かに依存したり、人に頼ったり。でも、みんなそれで成長していくんじゃないの!」
妻が真っ当すぎる正論を吐いた。私はただ黙るしかなかった。
「人のことばっかり言ってないで、あんたこそ、家にあるプロレス雑誌、全部捨てなさいよ」
「いやちょっと…」
「あんなゴミが部屋にいっぱいあり過ぎて、今にも床が抜けそうになってるのよ」
「それは勘弁してよ…」
昔のプロレス雑誌を適当に手に取って、寝転がって読むと、懐かしい記事が載っていてすごいほっこりさせられるんだよ。
素顔だった時代のグレート・サスケの素顔が見れたり、キム・ドクが赤鬼という覆面レスラーになってたり、『お二人の関係は?』というキャプションと共に、剛竜馬と北尾光司がお互い赤い顔をして、照れている写真の載った対談とか。
そんな素敵なプロレス雑誌、簡単に捨てられるわけがない…。
「今度こそ、みんな捨ててもらうからね」そう言って妻は私の腕をむんずと掴む。
「母ちゃん、堪忍!」
依頼者の男がドン引きする中、妻に首根っこを捕まえられ、引きづられながら私は夢の島を後にした。(終)

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