【小説 ショートショート】 テキヤナイト
タツは昼間から、自分のマンションで四畳半で横になって寝ている。
自分の両手を広げた先には、ワンカップの瓶。なかにはただの水が入っている。少しの金さえあれば、ワンカップ酒が買えるが、それすらもなく、瓶に水を入れ少しだけでも酒の余韻が楽しめればと、そうして酒風味のついた水を飲んでいるのだった。
タツの的屋の仕事は、年々減っている。今年の夏はいくつかの仕事があったが、仕事のある数週間前に、祭りの縁日は町内会だけでやると、そこの町内会長からお達しがあった。なんでも、会長が言うには裏社会に通じている的屋に祭りには好ましくないということだった。それで仕事もなく、タツはヤケ酒ならぬ、やけ水を煽っているのだった。
しばらく、TVをつけ昼のワイドショーを見ながら暇を潰していたが、突然、テーブルに乗っていた携帯が鳴った。見てみると、タツの兄貴分の研二からだった。
研二は的屋の仕事を教えてくれた恩師だ。しかし、その後、急に出世をして、ある組みでのし上がってからは、連絡は少なくなり、野暮用のあるときだけ、連絡が入るようになった。
電話に出ると、いつもの甲高い声で「タツ、元気か」と懐かしい声が聞こえてきた。
「なんだよ兄貴、久しぶりじゃねえか」
「ちょっとお前に大事な仕事をしてもらいたくてな」タツはなぜか嫌な予感がした。
「なんだ、仕事って」
「お前、バイク乗れるか」
「ああ、若い頃はよく、乗ってたぜ。友達の悪い奴らと峠を飛ばしてたぜ」
「なら良かった。お前に坂崎公園に行って待っててくれ、バイクに乗った連中と仕事をして欲しいんだ。バイクはこっちで用意するから」
バイクに乗る他に仕事はないが、絶対に何があっても、ヘルメットを脱ぐなよ。じゃあな」
変な忠告をすると、研二からの電話は切れた。
待ち合わせ場所は覚えた。とにかく、金も欲しいし、久々に仕事をするかとタツは思った。
夜中、待ち合わせ場所に行くと、バイクに乗った十数人の若い連中が待っていた。
赤や青の刺繍の入った特攻服を着こんで、みんなまるで暴走族のような格好をしている。
「あんたか、タツってのは」その場を仕切っているらしい、サングラスをかけた長身の男が聞いてきた。
「そうだ、俺がタツだ」
「そうか、あんたはこのバイクだ」とハンドルに白いヘルメットをの載せたバイクを見せた。
バイクに乗った連中を見ると、若い連中の中に、年寄りがいる。
爺さんと言っていい歳柄の男は、白髪混じりで肉が削げ落ちた体で突っ立っている。まるで暴走族には見えない。タツと同じように、何かの人数合わせのために連れてこられたらしい。
「じゃあ行くぞ」
リーダーと思われる男が赤いバイクに乗ると、エンジンをふかし、発信し始める。みんなそれにつられ、バイクを公道に走らせていく。
慌てて、タツもヘルメットをしてバイクに乗り込んだ。
タツが若者の後をついてバイクを数十分ほど走らせると、どこからともなく、スピーカーから流れる、その町の音頭と思われる音楽が聞こえてきた。
タツは仕事がなくなり、祭りに行けなかったとこを思い出し、バイクを走らせつつしんみりした気持ちになった。
このまま、祭りをやっている大きな公園を過ぎていくかと思われたが、若い連中の乗ったバイクは、ズカズカと公園の入り口に入り、そのまま車を走らせる。
これはどうしたことかと気を揉みながら、仕方なくその後をバイクで走っていく。
その中のリーダーは、人ごみの多い中、アクセルをふかし、人を轢かんばかりにバイクを暴走させる。
「キャー」と十代ぐらいの女の子が悲鳴をあげ、周りのみんなもそのバイクから逃げていく。
他のバイクも、アクセルをふかし、爆音でバイクをドリフト、人を蹴散らしていく。
これはどうしたことかと、タツはリーダーをバイクで追いかける。
リーダーはさらにバイクを走らせ、背中に持った木刀で、町内会の人々が作った綿菓子屋や、金魚屋、的当て屋の店先を滅多打ちにし、叩き潰していく。
怒号と悲鳴が湧き上がり、今まで楽しく遊んでいたみんなの公園は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わっていった。
「どういうことだ、これは」
町内会長が暴れるバイクの男たちに怒っていきり立った。
「ほら、テキヤの人がいないから、こんな乱暴な人が来てしまったのよ」
おかみさん連中の一人がいう。
「そうだそうだ。的屋がいたら、こんなことにならなかったんだ」
町内会で的屋待望論が浮かび上がったが、ただ一人、
「どうせ、仕事がなくなったから、ヤクザが仕返しに暴走族を送り込んだんだろ」
と冷静に町内会長の息子がそういったが、誰も聞いていなかった。
祭りの参加者の中には、荒っぽい若者もいて、やっちまえ、とばかりに暴走族に岩のような大きな石を投げつけたり、ガスバーナーで焼き殺そうとしたり激しい反撃を繰り出す者もいた。
「あ、ジジイがいるぞ」
参加者の一人が指をさす。
また他の一人がどこから拾ってきたのか、でかい棍棒を握り、「やっちまえ」
とじじいを殴りろうとする。
「やめろー!」
これでは一般人まで暴行罪で捕まってしまうと思い、タツはヘルメットを脱ぎ、じいさんの元へと駆け出した。
「ダメだ、そんなことしたら」
人々の目がタツを見つめていた。
「おい、この人…」
「的屋のたっつあんじゃないか」
皆がタツの名前を口にする。
実はタツが来ることになっていて中止になった祭りはこの会場だったのだ。
タツは、毎年、このあたりの盆踊り大会を掛け持ちし、町内で顔を知らない人がいないほどの名物な的屋だったのだ。
「どういうことだ」
皆は混乱をしている。
さっきまで公園を荒らしていた暴走族のリーダー役はこん棒を持った若者に滅多打ちされ、公園を仕切っていた、虎色のロープでぐるぐる巻きにされている。
「たっつあんがなんで暴走族の一員なんだ」
「この人が的屋に来れなくなったから、仲間を集めて祭りを荒らしにきたんだわ」
町内婦人会のおばさんがいう。
「そうだ、的屋の連中がバイクに乗ってきたんだ」
みんながたつを囲み、シュプレヒコールを起こしているうちに、リーダーの縄をとき、暴走族連中は逃げていく。
その後ろ姿を見ながらタツは何も言えず動揺している。
「待ってくれ、これには訳があるんだ…。今はそれが言えないが、お願いだ、わかってくれ」
タツがそう言い訳をしていると、爆発音がし、暴走族の一人が火をつけたため、」中央にあった盆踊りの台が燃え始めた。
皆、驚いてそれを振り返る中、タツは言い訳をできるわけがないと、仕方なく、バイクに乗り、アクセルを吹かすと、公園の出口へ向かい、暴走していく。
「お、逃げたぞ、タツが!」
「卑怯者!」
「やっぱり、的屋はただのヤクザ者でしかないんだ!」
罵詈雑言を背に、タツは夜空の下、青梅街道を西へ走っていく。
「みんな、すまない。俺は知らなかったんだ。兄貴の頼みがこんなことだったとは…」
ノーヘルのタツは涙を風で飛ばしながら泣いていた。
「きっと、的屋からのしのぎを取れない組の連中があいつらを差し向けたのだろう。そうと知ったら、こんなことはしなかったのに…」
暗いトンネルに入り、バイクはだた、轟音をあげ走り続けている。
「ただ、わかってほしい。的屋がこれを仕向けたんじゃない。みんながわかってくれるまで、この汚名をきて、俺はずっと生きていこう」
トンネルを抜けると、灰色の雲が月を隠すように覆って、暗闇が続いているようだった。タツは暗闇から光を探し、真っ暗な道を走り続けていった。(終)