【小説 ショートショート】 霊障
あれは夏のそれなりに熱い夜のことだった…。
TVタレントである私が、地方に営業に行ったんですがね。
昼に大型の電気屋のイベントで司会をして、その日は東京の家に戻らず、泊まりだったんです。
夜、マネージャーとご飯を食べてから、その後、その地方にある芸能の世界でご利益があるという、有名な金剛寺にお参りに行ってから、居酒屋に行ってビールを飲んでいると、自然と会話は仕事の愚痴になりました。
「どうしたのよ。工藤ちゃん。このところせこな営業ばっかじゃんよ」
「すいません。でも、仕事がないよりいいでしょ」
彼は酒が飲めないから、サイダーで私の話に付き合っていた。
「地方でもいいけど、せめてラジオの仕事とか、TVの仕事じゃないと」
私はなんだかやけになって、ビールをがぶ飲みしてしまって、もう、鼻の下は真っ白なビールひげですよ。
「なかなか梁川さんの仕事は取りにくいんですよねえ」
「なんでよ。演歌歌手の相田なんかどこでも引っ張りだこじゃないのよ」
「あの人は愛嬌あって人気があるし、芸能人の付き合いも上手いですからね…。梁川さんはあんまり仕事の引きがないんだよな」
「そうかな。最近は怖い話とかTVでしてるから、若い子に声をかけられるし、相田よりは知名度あると思うけど」
「そうですかね?うちの社長に梁川って知名度低いよなって言われてますよ」
「そんなことはないだろ」
そんなことを話してますとね、カウンターに立っていたマスターが、おつまみの茹でた榎を皿に盛って出して、「私は知ってますよ」と僕たちに話しかけてきました。
「ほら、知ってるじゃない」
「本当っすね」
「なんで私を知ってるんですか?」
「ほら、昼間にTVで捨てた人形が戻ってきちゃう話をしてたじゃない」
「やっぱり、怖い話で知ってるんですね…」
マネージャーが榎を咥えてぽつりと呟いた。
「でも、梁川さん怪談話はあんまりしたくないって言ってましたよね?」
「そうだなあ…」
「なんでですか。面白いのに」
マスターもそう私に言った。
「怪談話もいいけど、続けてると体調が悪くなるんだよなあ」
「霊障ってやつですか?」
マスターが口を挟んだ。
「そうなのかな?」
私は原因がわからず、ただ首をかしげるばかりです。
「まあ、怖い話ってそんなにポジティブなものじゃないですからね」
マネージャーは私の話にうなづいた。
「夜に変なもののせいでうなされるのもやだしな」
「えっ!あれって、本当にあった話をしていたんですか?」
マスターが驚いてそう言った。
いや、本当にあった話ばかりではないんですが…。
「俺も怖い話持ってるんだ」
「それ聞かせてもらえますか」
「いいんですか」
「もちろん」
マスターが包丁を脇に置いて語り始めた。
「私が高校の頃、両親が葬式で留守になった時に、誰もいない家の部屋で笛や太鼓の音がしたんですよ…それで」
…これは使えねえなと思いましてね。私はマスターの話を聞き流しました。
「そもそも、梁川さんは何をやりたいんですか?」
「笑うなよ…。役者だ」
「役者ですか」
「仕事、来ないかな?」
「ま、社長に掛け合ってみますよ」
そんなことを言いながら夜は更けていった。
私たちはその時に泊まることになっていた旅館に行き、各々部屋に帰った。
私は風呂に入り、疲れもあって、すぐに布団に入った。
しかし、枕が変わるとねれないタチでね。しばらく、ウンウン唸りながら、冴えた目を無理やりとじて寝返りを何度も打ちました。
しばらくするとウトウトして、真っ暗な部屋でスヤスヤと寝ていたんですがね。
突然物音がして、私は起きました。
なんだろうと思って、布団をかぶったまま、その音を聞きました。なんだろう?気のせいかな?旅館の脇道を暴走族のバイクが走ったのかな?そう思っていたんですが…。
別に何も音がしないじゃないか。そう持ってまた寝ようとすると、ずるずる、音がするんです。
それはまるで、何かを引きずるような音で、相当重い金属を誰かが引っ張っていっているような音です。
そのずる、ずる、が、遠くの方から、私の部屋のところまで来ているようなんです。
やばいな、やばいな、そう思って布団をかぶったまま、私は怯えていました。
そのとは私の部屋の前に止まりました。説明し忘れましたが、私の泊まった旅館はもちろん、和式の家で、カエデの間、松の間などが、廊下を隔てて、障子で仕切られてます。ちょっと説明がおくれましたね。
私の部屋の前に泊まると、障子の扉が開きました。
ずるっ、ずるっと音のするものが部屋の中へ入ってきてしまいました。
私はこわごわ、布団の隙間から目を覗かせてその入ってきたものを見たんです。
見ると、それは私が昼にお参りした、金剛寺の不動明王像だったんです。
私は驚いて、その不動像をじっと見ました。
すると、不動像はじっと私を見て、細い目でにこりと笑うと、煙のように、すっとどこかへ消えて行きました。
私はきっと、芸能の世界で迷っていた自分を励ますために、お不動産が現れてくれたんだな、と思った。それからは安心して朝までよく眠ることができました。
次の日に東京に帰ってから、数日経ったある日、私の念願だった役者の仕事が決まりましたと、マネージャーから連絡がありました。
ああ、やっぱりあのお不動さんのおかげで仕事がもらえたんだな、と私は思いました。
最近、私は怪談の話をするときはこの話をします。
幽霊の出てくる話ではないし、ネガティブではないので、私の体調も崩れず、とても重宝しています。
何?話の真偽の程はって?お客さん、野暮なこと言われちゃ困りますね…。(終)