【ショートショート小説】 ワールドエネミー
生牡蠣色の雲が覆う空に、割れるようなジェット音が響き渡っている。
雲以外、何も見えない空間に、突然、太陽に照らされ一機のU18戦闘機が現れた。
「前が全く見えません。仲間の戦闘機も、目的の爆撃地点も…」
パイロットのリー・スパーク空軍大尉が無線で本部へ連絡する。
「何を弱気なことを言っている。とにかく、目的を達成するんだ」
スピーカーから本部の大佐からの声が聞こえる。
「わかりました…」
無線を切ると、リーは「仲間はどこにいるんだ?」と呟いた。
リーは闇雲に戦闘機を前進させていると、急に近くから轟音が聞こえてきた。
「⁉︎」
リーがその音に驚いていると、急に霧の中から、同じU8戦闘機が現れた。
その戦闘機はリーのU18にレフトウィングを掠るように飛んでくる。
「危ない!」
リーは操縦桿を切り、それを避けるように右側に飛んだ。
「ははは。驚いたかしら」
無線から聞こえるその声は、リー大尉とともに今回の任務を遂行する唯一の女性隊員、ロサリア・ロペス大尉だった。
「マジで事故りそうでしたよ。ロサリア大尉!」
「こんなことぐらいで驚いてちゃ、敵機に撃墜されちゃうわよ」
霧が薄くなり、視界がひらけてきて、リーとロサーリア、二人の戦闘機が並んで飛んでいるのがはっきりと確認できる。
そこへ左側からまた太陽に照らされ、機体をぎらりと光らせて18戦闘機がやってくる。
「デートのところ、お邪魔したかな?」
声の主は空軍の先輩、ジェイ・ロビンス大尉だった。
「デ、デートじゃありません。大尉」
「何を照れているんだ」
「馬鹿ね、これは遊びじゃないわ。戦闘よ」
ロサリアの言葉で、リーはハッと気がついた。
「敵の核施設はまだ見えないか?」
指令本部からまた無線が届いた。
「はい。今は山の裾野から、峰を超えるところです」
「そうか、絶地に成功させろよ」
「失敗したら、腹筋300回だな」
大尉が冗談を言う。
「冗談か。リラックスするのはいいことだ。しかし、ちゃんとみんなで呼吸を合わせるんだぞ」
「はい」
三人同時に声を合わせた。
コブラ飛行で急斜面を舐めるように三機のう18戦闘機が飛んでいく。
「それから」
リーがつぶやく。「峰を下がった後に…」
ロサリアが続く。
「敵の各施設だ」
大尉も呟く。
峰の頂上が見えた。それから山はクレーターの様なすり鉢状に展開していき、地面を降りていくと、そこからはお盆のように平面になる。
「あったぞ」大尉が声を上げる。
リーがコックピットから正面を見ると、敵の各施設を模した四角いコンビナートが平地の中央に置かれている。
「行くわよ!」ロサリアが二人に気合いを入れる。
「おう!」
ロビンス大尉が大声で答えた。
「まずは、リー。あなたよ」
「わかりました」
リーは他の二機を飛び越え、先頭をマッハで飛ばしていく。景色が線の様に流れ、ジェット気流が空に描かれた。
「よし、リー、いくぞ」リーが自分に言い聞かせる。
核施設が近づき、リーはハアハアと息が乱れた。
彼はハンドルの赤く丸いボタンを指で撫でる。
爆弾投下の時間が近づく、あまりに投下が早すぎると、核物質が爆発し、リーの戦闘機を炎と放射能で包み込んでしまうだろう。
「5・4・3・2」リーはカウントを数え始める。
「1…。今だ!」
リーがボタンを押す。ミサイルが発射されると同時に、再びコブラ飛行で、大気圏めがけ、リーがジェットを飛ばし、戦闘機を天高く舞い上がらせる。
戦闘機の下側から爆発音が聞こえた。
ミサイルが命中し、コンビナートに入った爆薬が爆発したようだ。
「成功した…」
リーはホッと一息しながら空を舞った。
「私もいくわよ」
ロサリアも、ミサイルを見事に命中させ、それから上空に戦闘機を舞わせていく。
「俺も」
しかし、大尉が放ったミサイルは、少し外れ、燃えゆくコンビナートの横の砂漠へと打ち込んでしまった。
「くそ!」
大尉が、悔しそうに自分のかぶったヘルメットを叩いた。
「やったね!」
戦闘機から空港に降り立った、リーとロサリアがハイタッチをした。
ロビンス大尉は手を引っ込め、渋い顔でロサリアのタッチを避ける。
「いいじゃない、二発当たれば任務は達成なんだから」
「俺のが当たってれば喜べたのにな」
大尉は苦笑いをする。
「堂々のご帰還だな」
海軍大佐、リック・トンプソンが出迎えた。
「白人、黒人、メキシカン。今まで争ってた人種も、同じ敵を見つければ仲良くなれる…」
リック大佐はニンマリとして三人の肩に手をかけた。
「私たちは別に喧嘩なんかしていません」
ふくれっ面のロサリアを「まあまあ」とリーがなだめる。
「しかし、練習で二発当たっただけじゃ、本番は心配だな」
リックが真面目な顔になっていった。
「任せてください。本番は三発成功させますから」
大尉が本部のドアを開けながら言った。
本部で椅子に座り、コーヒーを飲みながら、大佐たちは楽しそうに会話をしていた。
「しかし、どうも心配なことがありまして」
「ん。どうした」
コーヒーを注いでいた大佐がリーの言葉に振り返る。
「敵の核施設ですが…」
「うん」
「別に施設だけがあるわけじゃないですよね。核施設の向こうには一般市民がその周りに住んでいる可能性がある」
「だからどうした」
「それだと、一般市民も一緒に爆撃することになりませんかね?」
「…」
「助かる一般市民もいるでしょうが、死人や怪我人が出て、そこで家族を殺された子供が、この国を恨んで、テロを起こす危険性もあるし…」
「何を言ってるんだ馬鹿野郎!」
いきなり、大佐はリーを殴りつけた。
「痛っ!」リーが吹っ飛んで、コンクリートの地面に倒れこんだ。
「大丈夫」
ロサリアが助けおこす。リーは肩を抱かれながら大佐をにらみ、立ち上がった。
「どうした?『お父さんにもぶたれたことがないのに』ってか」
「そんなことは言いません…」
「いいか、余計なことは考えるな」
「そう言われても…」
今度は大尉が立ち上がって反駁する。
「俺たち兵士のやる仕事は、信じることだ」
大佐は後ろに手を組み、半信半疑の三人を睥睨しながら歩いた。
「このエネミーはこの国の、ではなく、世界の危機に陥れる国を爆撃することが任務だ」
三人がじっと大佐を見つめた。
「それを信じるんだ。全ては全世界の人のため…」
ほっぺたをハンカチで押さえていたリーは直立不動になって、大佐の前に立った。
「分かりました、大佐。私は信じる力がなかった。それがなければ、任務が遂行できないことも理解していませんでした」
「分かってくれたらいい。そして、嫌ってくれてもいい。それでも、みんなを成長させるのが私の仕事だから…」
大佐はさっきまでとは打って変わって、にこやかにリーに言葉をかけた。
本番当日、リーとロサリアは軍の空母に乗せられ、太平洋の海上に立っていた。
目には黒い目隠しをされ、全く何も見えない。
「ここまでする必要はありますかね?」
リーが目隠しで見えないが、そこにいるはずの大佐に聞いた。
「これは政府高官からの極秘任務だ。君たちにもこれから、どこにいくか場所を知られてしまうのはまずい」
「あれ、大尉はどこへ行ったの?」
大尉の声が聞こえないことに気がついて、ロサリアが目隠しをされたまま、辺りを見回した。
「悪いが、事情があって大尉にはこの任務に降りてもらった」
「じゃあ…」
「私たち二人でやらないといけないわけね」
大佐が時計を見ると、「さあ、時間だ目隠しをとって、戦闘機に乗り込むんだ」
目隠しを外し、リーとロサリアの乗った戦闘機は、太平洋上から、敵地目指して、雲の中を突っ切りながら猛スピードで飛行していく。
「どこ、陸地は」
「経度七十二、緯度四十だ」
無線での指示で、計器を見て二人は方向転換する。
「あれだ!」
陸地が見えた。砂浜のある海岸に、カラフルなビーチパラソルや、綿飴を売る出店、水着を着た人々が大挙して遊んでいるが見えた。
「これから国が爆撃されるのに、のんきなもんね」
「いや、何かがおかしいぞ…」
リーは異変に気がついたらしい。
「どこが」
「街を見ろ」
海岸線から伸びた道をロサーリアが見た。
「あっ、中古本屋のBOOKSHEFだ。こんな敵地にも進出してたんだ」
「シューズ総合センターもあるぞ」
埃っぽい道には宣伝用の空気人形が、揺れながら踊っている。
「えっ、どういうこと?」
「まさか」
リーが声をあげた。
「大佐、ここは…」
「わかったかね。リー大尉」
スピーカーから大佐の声がコックピットに割れ響いた。
「ここは君たちの母国…」
「ステート・オブ・ユナイテッド」
「カメリア…」
リーとロサリアが口を揃え、呆然として呟いた。
「世界の脅威。それがカメリアだ」
「な、なんで。それに、何故、何故政府の高官が!」
「さる高官は世界でいちばんの脅威は、カメリアだと気がついたのだ」
「そんな…。自分たちの国ですよ」
「そうかもしれない。でも、それが今回の司令なのだ」
「大佐、よく考えてくださいよ。自分たちの国の核施設を爆撃するなんて…」
「いやあ、あんま頭働かなくって考えられないや」
「そんなバカな!」
「だから言ったろ、俺たちの仕事は考えることじゃない。信じることだって」
「…」
リーとロサリアは押し黙った。
目の前には山が見えた。二人は無言で、その裾野から峰にかけてU18機を上昇させる。
「ダメだ、どうしても体が動いてしまう」
峰を超え、平地へと二機の戦闘機は進んでいく。
「ダメ、私も手が勝手に…」
「よし、ターゲットが見えただろ」
また大佐の声が聞こえる。
「はい、見えましたが」
「どうする、リー大尉。これは君に課せられた任務だよ」
「しかし…」
「いいか、考えるんじゃない。信じるんだ」
眩しい太陽にかざされ、窓が銀色に輝く核施設が、リーには見えた。
「考えるんじゃない、信じるんだ」
大佐の言葉が永遠に鳴り響くのではないかというほど、脳裏にこだましている。
各施設はもう目の前だった。
リーは弾む呼吸を整え。グリップの赤いボタンに指をかけた。(終)
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