やりたいことを思いつく
短期集中連載
【ここてらすの話 vol.3】
https://note.com/shimox/n/n5f2876f5706f
これまでの①から⑩について、僕の場合は、どうだったかをご紹介します。
①やりたいことを思いつく
『やりたいこと』
『本当にやりたいこと』
そんな言葉で、なにかそうしたことをやれている、やろうとしている人が素晴らしい。とされている気がします。
だからなのか、一刻も早く、そうしたことを見つけることが大切になってる。
それを利用した、中には悪用したビジネスや、セミナーが多数溢れてる。
・やりたいことなんて探さなくていい
先に結論をお伝えすると『やりたいこと』なんて探さなくていいと僕は思います。
『やりたいこと』探しなんてのは(自分探しも)、例えるなら、図書館に行き、背表紙だけを見て、自分の人生におけるバイブルを探すようなもんで、まったく意味がない。
先に挙げた悪用している人というのは、図書館の入り口に立ち、あなたの話を少し聞いただけで、さも親切そうな顔で『私は読んだことないけど、あなたのバイブルはこちらです😄』と言い放つ信用ならない人だと思ってます。(セミナー、コンサル、コーチングなどなど手を替え品を替え入り口に立っている)
『じゃぁどうやってやりたいことを思いつけばいいんだよ💢』
と思った方もいるかもですので、僕の体験をお伝えします。
・言語化は後回し
僕は、振り返ってみると、『自分の感覚』を体験する、体感することを繰り返し行っていました。
自分にとってなんとなく好き
なんとなくワクワクする
とか
自分にとってなんとなくイヤ
なんとなくモヤッとする
そういう体験に自覚的でいる時間をたくさん作ったということです。
僕が子育て支援に関わりたいと思ったのは、製薬会社に勤めていた頃
2015年に起きた『川崎市中1男子生徒殺害事件』
2016年にTwitterで話題になった『保育園落ちた日本死ね』
この2つのことがキッカケだった気がします。
川崎市中1男子生徒殺害事件が起きた時、僕は、なにかわからない感情が頭から、心から離れなかった。
言語化は正確にできないけど、なんとなく、被害者も、加害者も、その家族も、すべて被害者な気がした。
そして、それは『社会』のエラーな気がして、なにかその社会の一員たる自分も『加害者』な気がしてならなかった。
翌年、そのモヤモヤが晴れない中で、『日本死ね』のニュースに触れることに。
その時、川崎市中1男子生徒殺害事件と、日本死ね、は、僕にとって、まったく別の話じゃなくて、同じカテゴリーの話に感じた。
僕は、龍星が小学生に上がる2016年3月に、サラリーマン生活を終えることが決まっていた。
日本死ねは、2月。
サラリーマンとして、高給取りだった僕は、『なにかが違う』と思い会社を辞める。
ちなみに、その時、僕は医療に、特に認知症に関わる仕事をしていたこともあり、医療や認知症の当事者は高齢者が多く、『高齢者のためになにができるか?』を日々考えていた。だからか、子どもたちに関わるニュースに触れるたびに『高齢者より、子どもたちのためになにかできないのか?』『社会や、そもそも動物として、子ども、子孫を生かすために大人が居るはずでは?』みたいな気持ちが湧き上がっていた。
だからこそ、日本死ね以降に、様々に子育てに関わる日本の現状や、そうしたキーワードにアンテナをはるようになり、辞める頃には『僕は子育て支援に関わりたい』と思うようになっていました。
・感情の純度を上げる
なにか言葉や、事件や、話題に触れたり、
体験や、経験をする中で
その時の感覚や、感情を、言語化できなくても(言語化は後回しでいい)、忘れずにとっておく。
すると、気がつけば、同じラベルや、近いジャンルが蓄積されて、『好き』にしろ『イヤ』にしろ純度があがってる。
すると、自然と『やりたいこと』が思いつく。
大切なのは、日々、自分の感情や感覚を、外に出さないまでも、せめて自分は理解者として大切に耳を傾けることだと思う。
まとめ
やりたいことを思いつくために、自分の感情や、感覚を言語化できずとも大切にしてます!
vol4に続く
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