『夢のチャリンチャリン』#ショートショート
チャリンチャリン♪
澄んだ高音が遠くから聞こえてくる――。
「――▢◇※△▢◇※○ッ‼」
――ん?
「どぉぉおおおいてええええぇぇええッ‼‼‼」
「うわぁあっ⁉」
……
そこは急な坂道で――。
真夏の陽射しが強く照りつける中、人身事故寸前の状況からその夢は始まった。
遠くに赤髪の女が「ごめんなさあい」と言っているのが聞こえる。
九死に一生を得る、とはこのことか……。
深いため息をつき、そっと胸を撫でおろした。
――
チャリン……チャリン……チャリン……
…………?
ぼやけた視界に一人のヤンキーが映り込む。
ヤンキーはニヤけながら、こちらを凝視している。
ガムでも噛んでいるのだろうか――クチャッ、クチャッという咀嚼音とともに、しきりに片手を上下に動かしている。
その動作に視点を定めると、数枚の小銭を投げては掴み、投げては掴みを繰り返していることに気づいた。
……なぜそんなに見せつけるような感じで、その動作を繰り返しているのだろう。
――
チャリンチャリン……
――また、夢か。
これで何度目だろうか。
最近は毎日のようにこの音を聞いて、一瞬、目が覚めたような感覚を覚える。
しかし、最初のうちは、これは夢なんじゃないかと感付くのに、数十秒程度かかっていた。
けれども、パブロフの犬ではないが、何度も繰り返されるうちに、今ではすぐに夢だと気づけるようになった。
音のした方向に視線を移す。
すると、それが「音」ではないことが分かった。
「チャリンチャリンチャ……」
どこかで見たことがあるような気がするヤンキーの男が、こちらを凝視している。
そして――そのヤンキーの男は、俺の顔面を思いきり殴ってきた。
「チャリンチャリンチャリンチャリンチャ」
なぜ殴られたのか、ということよりも、もう一つ気になることがあった。
――なぜ痛覚があるのか。
口内が切れたのか、血の味がする。
唾を吐き捨てると、案の定、赤黒く染まった液体が口の中から出てきた。
……夢、だよな?
おもむろにもう一度、ヤンキーの男のほうに目を遣る。
――⁉
ヤンキーの男は一人ではなく、地面に倒れ込んだ俺を取り囲むように、数え切れないほどの人数、そこにいた。
「……チャリンチャリンチャリンチャリンチャ……」
男たちは口々にその擬音を発している。……ん?
俺は異変に気づき、その発話に耳を集中させた。
「……チャリンチヤ、リンチヤ、リンチや、リンチや、リンチや」
その男たちは、一斉に俺のことを袋叩きにする。
殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る……
蹲る俺の視線の先には――ヤンキーの男が噛んでいたのであろう――吐き捨てられたガムがあった。
グチャグチャに噛まれ続けたガムの末路を、今の自分と重ね合わせた。
前途多難だが、まあ、大丈夫だろう。
だって、これは夢だから、遅かれ早かれ、いつか覚める。
……夢の、はずだから。
――