カスタマーサポートの人間的価値を問い直す:AI時代にこそ求められる「人とのグルーヴ」
いま、カスタマーサポートの世界では、AIチャットボットや自動応答システムが驚くべきスピードで進化しています。問い合わせの一次対応、FAQへの返答、定型的な手続き——こうした反復的業務は、まさにAIの得意分野です。高精度な自然言語処理と大量のデータ学習を背景に、ミスは少なく、24時間止まることなく返事をくれる。忙しい現代社会において、顧客体験を底上げする有能なツールであることは間違いありません。
しかし、ここで私たちが考えたいのは、完全な自動化が実現したとき、カスタマーサポートにおける「人間の価値」はどこに残されるのか、という問いです。もしも、すべての問い合わせに対してAIが的確な回答を即座に返せる世界が来るとしたら、人間がこの場にいる意味はあるのでしょうか?
「なぜ赤ちゃんが歩くと嬉しいのか?」という問いから考える
一見、カスタマーサポートとは関係なさそうな問いですが、たとえば「なぜ赤ちゃんが初めて歩いたとき、私たちはあれほど嬉しくなるのか?」を想像してみてください。
そこには、赤ちゃんという存在が発展途上であり、まだ不安定な状態から一歩一歩確かなものへと変化していく、その“過程”を見守る喜びがあります。
機械的なタスク処理では味わえない、成長や弱さといった“人間的なドラマ”に触れたとき、人は深い感情を揺さぶられます。
顧客対応もある種の“対話的なドラマ”を内包しています。問い合わせをしてきたお客さまは悩み、困惑し、時に落ち込んだ状態でサポート窓口をたたきます。その揺らぎに向き合い、「大丈夫ですよ、解決していきましょう」と声を掛ける人間がいるからこそ、そこに“小さな物語”が生まれるのです。
「2年前に会った人が覚えていてくれる嬉しさ」から見る関係性
もうひとつ、2年前に一度会っただけの人が、再会時に「以前お話した〇〇の件、その後どうなりました?」と聞いてくれたとします。
私たちはそれを「嬉しい」と感じます。なぜでしょう?単に情報を憶えていたからではありません。その背後には、「あなたのことをちゃんと気にかけていた」「あなたの存在が自分の記憶に刻まれている」という人間的な関与、繋がりがあるからです。
カスタマーサポートにおいても、AIであれば顧客データベースを参照して、以前の問い合わせ履歴や購入履歴をたやすく呼び出せるでしょう。しかし、人間のサポートスタッフが「あの時、こうおっしゃってましたよね」と、温かみや声色、ちょっとした間合いを持ってその記憶を共有するなら、それは単なる“情報再生”にとどまらず「あなたと私は、今、そして過去にわたって、ゆるやかに繋がっている」という感覚を生み出します。
「ミスを謝罪する営業担当に愛着を抱く理由」から見る感情の揺らぎ
人はミスをするもの。たとえ最高のカスタマーサポート担当者であっても、うっかりミスや行き違いは起こりえます。その際、ただ謝罪文を無表情に読み上げるのと、本心からの戸惑いや申し訳なさをにじませ、精一杯の誠実さで向き合うのとでは、受け取る側の感じ方は大きく異なります。
後者には「この人も不完璧な人間であり、それでも関係を修復しようとしている」という“共感の場”が存在します。その結果、かえって「ああ、この人とこの会社は信頼できるかもしれない」と思えることすらあるのです。
AI時代に求められる「人とのグルーヴ」
こうした例を通して浮かび上がるのは、人間のカスタマーサポートには「情報や手続きの代行以上の、相互の揺らぎや成長、共感による特別なグルーヴ(乗り)」があるということです。
機械が人間を完全に“リプレイス”するという発想がある一方で、もし人間が「そこにいるだけ」の存在ではなく、“関係性”をつくる演者として機能するなら、その価値はむしろ明確になるかもしれません。
もちろん、顧客としては「素早く問題を解決してほしい」「回答までの時間を短く」というニーズも強くあるでしょう。その点で、AIは十分以上に優れたパートナーとなります。人間のサポートは、むしろそこにプラスアルファとして「共に考え、時に共に悩み、共に笑う」瞬間を提供できるかに価値をシフトさせていくべきです。
私たちが感じる喜びや安心感、懐かしさ、そして心の柔らかな部分を揺さぶるのは、単なる情報の正確さや効率性だけではありません。言葉にならない微妙な間、表情、声色、そして過去や文脈を下敷きにした人間同士の“共鳴する瞬間”こそが、AIでは代替しにくい領域となるのではないでしょうか。
考える時間としてのこの瞬間
ここまで読んできて、「人間のカスタマーサポートの価値とはなんだろう?」と、あなたも考えているかもしれません。ただ答えを提示するのではなく、一緒に考えること自体が、このテキストを通じた小さな対話かもしれません。
赤ちゃんが歩く様子に湧き上がる感動、記憶を共有してくれた相手への愛着、ミスを詫びに来た相手への信頼感の芽生え。それらは無数の偶発的な揺らぎの中で紡がれた物語です。カスタマーサポートで働く人間が生み出せる価値とは、そうした揺らぎを受け止め、顧客との“グルーヴ”を育て、目的や手段だけでは測れない心地よい空間を作り出すことなのかもしれません。
AIがあらゆる問題を瞬時に解決する未来が訪れても、その背景には人と人とが互いを意識し、尊重し、繋がっていく感覚が残る余地があるはずです。カスタマーサポートの人間の価値は、まさにそこにあるのではないでしょうか。
年末年始、ふと考えるネタとして、この記事を送りたいと思います。