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これぞブラジル版ミッドサマー!『バクラウ』の謎を考察してみた

今年、公開され大きな話題を呼んだ『ミッドサマー』。そのミッドサマーのブラジル版と呼ばれている映画が公開されていることはご存じだろうか?それが11月28日に公開された映画『バクラウ』だ。SNSを中心に、映画好きの間で密かに話題になっている本作だが、観ている人は少ないだろう。というのもこの作品、今現在1館でしか上映されておらず、(順次全国公開予定)パンフレットも作られていないのだ。しかし、本作を観た人ならわかってもらえると思うが、この映画、見終わった後は語りたくなる要素が満載の映画だ。

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そこで、ここでは筆者なりの『バクラウ』の紹介と魅力、本作の解説などをしていきたいと思う。※本質的なネタバレは避けて書いてますが、ネタバレが気になる方は読まないことをお薦めしたい。

【作品情報:『バクラウ』】

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製作年:2019年 製作国:ブラジル・フランス合作 監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ監督、ジュリアノ・ドネルス監督

今より数年後先の未来。ブラジルの村バクラウに村出身のテレサが戻ってきたところから物語は始まる。村の長老カルメリータが亡くなり葬儀をあげる村の人々。しかし、その死がキッカケかのように、村では次々と不思議なことが起きるようになる。インターネット上から村が突然姿を消たりし、村周辺の上空にUFOらしき物体が目撃される。さらに給水車のタンクが何者かにより穴を空けられ、村には謎の2人組が訪れる。そして、これらの不思議な出来事はこれから起きる惨劇へと繋がっていくのだった…

監督は、ブラジル出身のクレベール・メンドンサ・フィリオ監督、ジュリアノ・ドネルス監督。フィリオ監督にとって、本作は『O Som ao Redor(英題:Neighboring Sounds)(日本未公開)、『アクエリアス』(2016年)に続く長編3作目にあたる。(ちなみに『アクエリアス』は、Netflixで鑑賞することができるぞ)主演は『蜘蛛女のキス』(1986年)、『アクエリアス』のソニア・ブラガ、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)のウド・キア。ウド・キアは今年公開された『異端の鳥』にも出演している。

小規模で公開されている本作だが、実は第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しているほか、シッチェス・カタロニア国際映画祭でも監督賞を含む3冠を達成、フランスの映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』の2019年ベスト10ランキングでは外国映画としては『パラサイト 半地下の家族』に次ぐ第4位にも選ばれている。また世界最大級の映画レビューサイトRotten Tomatoesにおいても、91%という非常に高い満足度を獲得している。カルト的な印象を与える本作だが、実は世間の評判はかなり高い。

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【村!村!村!2020年は村映画がキてる!】

まず語っておきたいのが、『2020年は村映画がきている』ということだ。始まりは今年の2月に公開された『ミッドサマー』、邦画の『犬鳴き村』。『ミッドサマー』は日本において観客動員数40万人を超え、『犬鳴き村』は14億円の大ヒットを記録している。そして今回公開されたのが真打ちの『バクラウ』だ。

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村を舞台にした映画は、これまでもM・ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』(2004年)や『2000人の狂人』(1964年)、『変態村』(2006年)、『ウィッカーマン』(1973年)(島映画とも呼べるが)など、数多くの作品が公開されてきた。しかし、これだけ村を題材にした映画が、同時期に公開され、しかもこれだけヒットを飛ばしているという例があっただろうか?間違いなく2020年は村映画がきているということを言っておきたい。そして、その大本命こそ本作であると声を大にして言いたい。

【本作は『ナメてた相手が実は○○だった』の系譜に属するジャンルだ!】

映画のジャンルは数多くあるが、その中でも「ナメてた相手が実は殺人マシーン」だったという一癖あるジャンルが存在する。映画好きの方なら一度は、聞いたことがあるかもしれない。
これは、映画好きならお馴染みの映画雑誌『映画秘宝』を中心に活躍される映画ライターのギンティ小林さんが生み出したフレーズだ。
フレーズであらかた内容は分かると思うが、改めて説明すると「雑魚だと思っていた相手が実はとんでもない化け物だった」というジャンルのことを指す。具体的な作品を挙げると『96時間』(2008年)、『アジョシ』(2010年)、『イコライザー』(2014年)などが挙げられる。(更に詳しい作品リストはこちらのサイトなどが参考になると思うので、詳しく知りたい人はこちらを。)

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このジャンルに共通するのは、それまで雑魚だと思っていた相手の本性が炸裂した時のギャップという最高のカタルシスを味わえるということそしてこのカタルシスこそが、このジャンルの醍醐味とも言えるだろう。
そして『バクラウ』もこのジャンルに属する映画だといえるだろう。物語終盤に訪れるカタルシス、これこそ本作の魅力の一つだ。

【今を象徴する社会テーマも織り交ぜたエンタメ作品だ!】

本作の「狂っている」というキャッチコピーやUFOが飛び交うポスタービジュアルから、キワモノ系な内容を想像する人も多いことであろう。実際、筆者も本作を鑑賞するまではそう思っていた。しかし、実は本作には今の世の中を反映するような数々の社会的要素が織り交ぜてある。まず本作の舞台となっているバクラウという村に注目したい。このバクラウ、原始的なコミュニティのように見えるが、女性の長老、家母長制、様々な人種、様々な性別の入り混じった住民たちなど、まるで多様性そのものを表したかのような先進的な村となっている。実はバクラウは、ブラジルに実在する「キロンボ」という小規模なコミュニティの元ネタとなっている。「キロンボ」の詳細に関してはこちらを参照にして欲しい。

植民地期ブラジルの白人社会を脅かし続けた逃亡奴隷社会。1570年以降,黒人奴隷の輸入増大に伴ってブラジル北部のバイア,ペルナンブコ地方に拡大し,18世紀にはサン・パウロ,ミナス・ジェライス地方へと広まり,1888年の奴隷解放にいたるまでブラジル各地に存在した。なおキロンボは17世紀初めまではモカンボmocamboと呼ばれた。キロンボは密林地帯や山間僻地に矢来と掘で防備を固めた50軒ないし数千軒から成る閉鎖的な集落で,農耕・狩猟・漁労に従事するかたわら,白人居住地やプランテーションを襲撃し,武器,衣類,道具類,女性を確保した。(世界大百科事典 第2版)

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また、本作の登場人物で観客に強烈なインパクトを残すルンガというキャラクターがいるが、ルンガを演じたシルベロ・ペレイラは、こちらのインタビューによると自身のことをクィアだとも語っている。(クィアに関してはこちらを参照にして欲しい)

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また、本作にはある集団が登場するのだが、その集団がバクラウとは対象的な集団として描かれているのも注目すべき点だ。
もちろん、こうした点は天然で撮ったという訳ではなく、インタビューを読んでみても、そうした社会問題を作品の中に落とし込むことを意識して撮られたことが良く分かる。また、他のインタビューでも監督自身も語っているが、そうした点で、ポン・ジュノ監督の『パラサイト』(2020年)に通じる部分がある。この2作品が映画祭を賑わしてることなどを考えても、今の映画監督の多くは、社会問題をどれだけエンタメに落とし込むかを考えて撮られていることが分かるだろう。

【随所に散りばめられた小ネタに映画愛を感じる!】

本作において特徴的なのが、作品の随所に見られる映画愛。劇中に数々の映画ネタが仕掛けられている。まず『遊星からの物体X』(1982年)、『ハロウィン』(1978年)、『ゼイリブ』(1988年)などの名作で知られるジョン・カーペンター監督の楽曲『NIGHT』が使用されているほか、『ジョン・カーペンター記念学校』なる学校まで登場している。また、本作を観て、黒澤明監督の『七人の侍』を連想したという記事も見受けられる。

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こちらのインタビューによると、フィリオ監督は「ジョン・カーペンター監督は、私が映画製作を志すきっかけとなった非常に敬愛する監督の一人です。彼の楽曲を使う許可を得ることができたのは本当に幸運でした!」と語っている。海外のインタビューによると監督が最も刺激を受けたのは、『マッドマックス』シリーズで知られるジョージ・ミラー監督。また 『ポルターガイスト』(1982年)や『ビデオドローム』(1983年)などにも強い影響を受けたと語っている。

そして本作は後半から一気に西部劇のようなジャンルへ展開していく。ドキュメンタリーを見せられてるかのような、どこに向かっているのか分からないモヤモヤ感から、徐々に物語の全貌が明らかになるにつれて高まっていく緊迫感が本当にお見事。『荒野の用心棒』(1964年)や『荒野の七人』(1960年)を思わせるような西部劇が炸裂する。(そういえば本作は序盤からして棺桶がやたら登場してくる)もちろん、これも意識して演出しているとの事だが(前述の海外インタビュー参照)、面白いのは、西部劇におけるインディアンと保安官の立場がここでは逆として描かれていること。ここにも監督の作品に込められたメッセージを感じとることができる。

【まとめ】

いかがだっただろうか。映画『バクラウ』、観るまではキワモノ系映画かと思っていたが(それはそれで楽しみだったが)、実際は今の世の中を反映する社会テーマと様々な映画愛がごった煮にされた傑作映画であった。そして、観終わった後は、誰かと語りたくなるような謎と魅力に溢れている作品でもある。この映画を公開させてくれた配給会社には感謝しかないのだが、欲を言えば、謎多き映画なので、やはりパンフレットなどの情報は欲しいとも思ってしまった。上映館は少ないが、観ておいて損はないと思うので、気になる人は是非チェックして欲しい!

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ヴィクトリー下村
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