兄の浮気相手+女子高生⇒兄の結婚式を阻止しよう!【映画『おろかもの』】
2020年11月20日から全国で順次公開されている『おろかもの』。女子高生が間近に結婚式を控えた兄の愛人と組んで結婚式を阻止しようとする話だ。この作品、新人監督を発掘する田辺・弁慶映画祭で、グランプリを含む俳優賞や観客賞などの5冠を獲得しており、埼玉県川口市で開催されるSKIPシティ国際Dシネマ映画祭においても観客賞を受賞するなど、高い評価を得ている。筆者もシネマート新宿で鑑賞してきたが、大変素晴らしい作品だったので、ここで本作の魅力を筆者なりに紹介していきたいと思うので、興味がある方は是非読んでいってほしい。
【作品情報:『おろかもの』】
製作年:2020年 製作国:日本 監督:芳賀俊 鈴木祥
高校生の洋子は結婚を目前に控えた兄の健治が、美沙という女性と浮気をしている現場を目撃する。両親を早くに亡くし、2人で支え合って生きてきた兄の愚かな行為とそれを隠して何食わぬ顔で生活している様子に洋子は苛立ちを募らせる。一方洋子は健治の婚約相手・榊果歩に対して、兄と2人だけの関係の中に突然入ってきた存在として言い様のない違和感と不満を感じていた。衝動と好奇心に突き動かされて美沙と対峙した洋子は、美沙の独特の物腰の柔らかさと強かさ、そして彼女の中にある心の脆さを目の当たりにして、自分でも予期せぬ事を口走ってしまう。「結婚式、止めてみます?」
2人の女性達の奇妙な共犯関係が始まる。
(公式サイトより抜粋)
【浮気を巡る奇妙な物語と愛おしい登場人物たちが素晴らしい】
本作は一人の男の浮気を発端にした物語だ。
結婚を間近に控えた兄が美沙という女性と浮気していることを知った洋子。衝動と好奇心から美沙を尾行し対峙した洋子だったが、美沙の不思議な雰囲気にいつの間にか惹かれていく。思わず美沙に『兄の結婚式を止めないか?』と提案してしまう洋子。本作は、この『兄の浮気相手と組んで兄の結婚式を阻止しようとする』というプロットが何とも奇妙で面白い。本来なら相容れる筈のない者同士が組んで、しかも結婚式を止めるというのだから、誰だってどんな話かと興味を持つことだろう。
そして本作をより魅力的なものにしているのが、この奇妙な物語内で描かれる登場人物同士の関係性だ。特に注目したいのが、主役の洋子と美沙の2人の関係性。最初は兄の愛人の美紗に兄と別れてもらうために接触した洋子だったが、美沙の不思議な魅力に徐々に惹かれていく。また美沙も洋子の中に兄の健治の面影を見いだし、洋子に強い興味を覚えていく。この2人の関係性が何とも良い。
男同士の友情を描いた作品をブロマンスと称するが、洋子と美沙の関係は『シスターフッド』、姉妹。また、姉妹のような間柄(デジタル大辞泉参照)といえるだろう。
意気投合したものの、2人の計画は順調には進まない。洋子も『結婚を止めよう』と勢いで提案したものの、兄の結婚自体に不満がある訳ではない。それどころか兄の結婚相手の果歩さんは洋子にとっても良い人なのである。この果歩というキャラクターもとぼけているようで芯の強さを兼ね備えた大変魅力的な人物。また、洋子の友達の小梅のオタクなキャラも愛おしい。全ての元凶でもある洋子の兄の健治ですら憎めない。この作品、劇中で出てくる登場人物全員が愛おしい。本作は撮り方次第によっては、昼ドラのようなドロドロ劇にもなりそうなのに、どこかコミカルかつ爽やかな雰囲気に仕上がってるのも、この登場人物達の造形によるところが大きいだろう。
【男性監督・脚本と女優陣達が織り成す奇跡のバランス】
そんな本作だが、脚本・監督を手がけたのは男性という点にも注目したい。監督は芳賀俊と鈴木祥の共同監督。芳賀監督は田辺・弁慶映画祭で、グランプリはじめ4部門を受賞した映画『空(カラ)の味』(2016年)で撮影を務めており、鈴木監督は監督作品の『ボーダー』が映文連アワードで準グランプリを受賞している。また本作の脚本を書いたのも沼田真隆という男性だ。3人が日本大学芸術学部映画学科で出会ったことが、本作製作のキッカケとなったとのこと。(映画.com様の記事参照)
女性中心の映画だがいわゆる「男性が撮った女性映画」という印象は受けなかった。それは芳賀監督と鈴木監督、および脚本を担当した沼田真隆の三人がフェミズムを意識し、きちんと女性を描こうとしているからだろう。(Yahoo Japan様の記事参照)
主役の洋子を演じたのは、野本梢監督の『次は何に生まれましょうか』(2020年)、『アルム』(2020年)や『空(カラ)の味』の笠松七海。本作では「普通」を目指しながらも「兄の浮気相手と兄の結婚式を阻止する」というとんでもないことを企む女子高生を見事に演じている。筆者はオープニングのカメラを構えてる姿から思わず目を引きつけられた。
同じく主役の美沙を演じたのは、今泉力哉監督『退屈な日々にさようなら』への出演だけでなく『密かな吐息』、『デゾレ』などで出演兼映画監督としても活躍する村田唯。柔らかい雰囲気を醸し出しながらも芯の強い女性を演じている。
まさにどちらもハマり役なのだが、というのも彼女達の役はほぼ当て書き。実は彼女たちに惚れ込んだ芳賀監督の「彼女たちで映画を撮りたい」という思いから、本作の配役がなされている。
芳賀監督は、「七海は脚本に10書いてあると、いつも4500で返してくる。もちろん、唯もそうです。演じる人物とひとりで向き合っている役者は、僕らでは追いつけないレベルに達しています。良い役者は、役について人生単位で向き合っていますし、僕らより理解しているに決まっている。僕らはそれをとらえるしかないんです。」という役者という職業に対するリスペクトと2人への絶賛を述べている。また素晴らしいのは主演2人だけではない。兄の結婚相手である果歩役を演じた猫目はち(彼女も当て書きをされている)の存在感や、洋子の同級生の小梅を演じた葉媚の可愛らしいさ、また洋子の兄、健治を演じたイワゴウサトシの憎めなさ(ちなみにイワゴウさんは『カメラを止めるな』(2018年)、『カランコエの花』(2018年)などにも出演している)など、主演2人だけでなく本作を彩る全ての登場人物達全員が、本作の雰囲気にハマっている。ちなみに笠松七海、村田唯、猫目はちの三人が、自身とお互いの役どころに対して語っているニュース記事もあるので、興味ある方は読んでみてはいかがだろう。
【感想:面白さだけでなく、映画から感じられる『今』】
本作は田辺・弁慶映画祭での5冠をはじめ、数多くの映画賞受賞という実績が示すとおり、作品自体が優れているというのは間違いないが、作品の製作背景、作り手の思いを知るうちに、作品から今の時代性を感じることができる。まず上記でも挙げたが、作品の内容からして、本作は女性監督が撮った作品だと思っていたので、監督、脚本が男性と知った時は意外だった。映画における「女性」の描き方は、ハリウッドを中心に目まぐるしく変わりつつある。韓国からも『はちどり』(2020年)、『82年生まれ、キム・ジヨン』(2020年)などのフェミニスト映画が公開された。日本でも意識の変化はみられるものの、まだまだ目立つような作品は少ない印象を感じる。
そこにきて、男性の手によって、このようなフェミニスト映画が生まれたことは驚きに値するのではないだろうか。また、個人的には洋子の友達が留学生の小梅という役どころも多様性を感じれる配役のように感じた。映画『おろかもの』はその物語の面白さだけでなく、先進性も感じれる作品だと思う。
『おろかもの』11月20日から全国順次公開中!本作に興味を持った方は是非ともチェックして見て欲しい。
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