類稀なるトンデモ映画『ボーダー二つの世界』
製作国:スウェーデン・デンマーク合作 製作年:2018年 監督:アリ・アッバシ
概要:スウェーデンの税関に勤めるティーナ。彼女は物心ついた頃から、嗅覚で他人の悪意を嗅ぎ分ける能力を持っていた。そんなある日、彼女は勤務中に怪しい旅人ヴォーレと出会う。彼は怪しい匂いを漂わせていたが、くまなく調べても犯罪にまつわる証拠は何も見当たらなかった。
しかし、その出会いをきっかけに、ティーナは彼に興味を持っていく。
ティーナは、醜い容姿から孤独を強いられる人生を送っていたが、不思議なことにヴォーレの見た目は彼女とどこかしら似ていた。
その為か徐々に惹かれていく二人。
そして、そんな折、ティーナは小児性愛者による児童ポルノ犯罪に遭遇するのだが、この事件は二人の生活に大きく関わってくるのであった。
【まず始めに】
まだ未見の方で、これから観られる予定がある人は、本文は読まない事をお勧めします!!
本文は直接的なネタバレは避けますが、内容には触れます。
この作品は、ネタバレ知らないで観た方が、その驚きも含めて楽しめる作品かと。
以下、ネタバレありきで語ります↓↓
【本作から考察できる『僕のエリ』との類似性】
先に述べると、筆者は本作を物凄く楽しみにしていた。その理由はこの映画の基となっている原作にあたる。
2008年に公開されて、全世界のホラー・ミステリーファンを驚嘆させ、ハリウッドでリメイク作も作られたヴァンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(監督:トーマス・アルフレッドソン)。
筆者は、この作品が自身のオールタイムベスト入りするくらい好きな作品だ。
そして、この作品の原作者が、スウェーデン出身のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト。
本作は、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの短編集「ボーダー二つの世界」(早川書房)の中の一遍の映像化になる。
それだけ『ぼくのエリ』に強い思い入れがあるからだろか。
今作を観て、筆者がまず感じた事は『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)との類似性だった。
ネタバレになるから、直接的には書かないが、この作品は、ある生き物をテーマにした作品である。
「現実にこんな生き物が存在していたら、それはどういう風に今の世の中で生きているのか」
このテーマは、『ぼくのエリ』でも描かれていたことだ。
ちなみに映画では、そこまで描かれていないが、『ぼくのエリ』の原作を読むと、ヴァンパイアという存在を、かなり現実に即して描いていて、その事に驚く(例えば、ヴァンパイアになる事を感染という表現で描いていたり、心臓に杭を打ち込む理由も科学的見地から描いている)
筆者はヨンの作品を二作しか読んでいないが、ヨンという人は「空想上の生き物が現実にいたら」をテーマの一つとでもしているのだろうか。
そして、もう一つ、類似性を感じたのが、ジェンダーの描き方。
これも直接的な表現は避けるが、劇中に度肝を抜かれる衝撃的な場面がある。
そして、言ってしまうと、この場面も『ぼくのエリ』と同じく重大かつ、劇中でターニングポイントとなる場面だ。
2作品観ると、ヨンは空想上の生き物にとって、ジェンダーの壁はひどく曖昧といってるようにも思える。
そんなヨンだが、二作目はゾンビを題材にしているらしく、こちらも『モールス』に続いてベストセラーらしい。
どんな物語なのか是非とも読んでみたいものである。
【映像化に際しての、監督の才能と役者陣の素晴らしい演技】
本作を語るうえで、避けて通れないのが、この素晴らしい作品を撮り上げた監督とキャスト陣の演技だ。
本作を観た方なら分かると思うが、本作はかなりぶっ飛んだ物語だ。
話も映像も、かなりぶっ飛んだ展開が続くうえ、それは一歩間違うと、かなりシュールで説得力に欠けるだろう。
しかし、この作品は全編に渡って、シリアスかつダークな雰囲気を保った作品となっている。
その理由の一つは監督の演出力による所が大きいだろう。
監督は、イラン出身のアリ・アッバシ監督。
長編は本作が2作目、前作は日本未公開作だが『Shelly(原題)』(2016年)はホラー映画との事。
インタビューなどを読むと、とても博学で知的な人物という事が伺える。
そして、この作品の雰囲気を格調高くしているもう一つの要素が、ティーナ演じるエヴァ・メランデルとヴォーレ演じたエーロ・ミロノフの二人の演技だ。
自分はどちらのキャストも今作で初めて知ったのだが、エヴァはスウェーデン・デンマークの合作ドラマ『BRIDGE』に出演しているとの事で、日本で見かけた方も多いかもしれない。
本作に向けて2人は特殊メイクに4時間掛けただけでなく、体重をそれぞれ20kg増やしたというのだから、驚嘆に値する。
劇中では、2人による文字通り体を張った演技を充分に堪能することができる。
【唯一無二の奇抜なあらすじ、しかし…】
本作は人ならざる者を描いた作品だが、この手の物語にありがちな奇抜な話だけに留まらず、観る者の心を重くも切なくさせる、確かな説得力がある。
その理由は、ティーナというキャラクターの人物(この表現が正確かは分からないが)描写が丁寧かつしっかりしているから。
そして、ティーナの孤独と喜び、タイトルが示すボーダー(境界)で悩み苦しむ様はスクリーンでこの作品を観ている私たちにも通じる所だから。
本作は、人ならざる者から人間社会を見つめる事で人間の本質を描いている。
ひどく不思議で奇妙な物語であるが、その根底に描かれているものは、普遍的なテーマだ。