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統合失調症の謎に迫る! 脳の「配線」異常が幻聴を生む?
統合失調症は、幻覚や妄想といった特徴的な症状を伴う精神疾患です。中でも「幻聴」、つまり実際には存在しない声が聞こえる症状は、患者さんを特に苦しめるものです。なぜ、統合失調症の患者さんには幻聴が聞こえるのでしょうか?そのメカニズムは未だ完全には解明されていませんが、近年の脳画像研究の進歩により、脳の構造や機能の異常が幻聴と関連していることが徐々に明らかになってきました。
今回、京都大学の研究グループは、統合失調症における脳の「配線」の異常、すなわち「白質結合」の異常に着目し、特に言語機能に関わる重要な脳領域である左後上側頭回(left posterior superior temporal gyrus)とその接続領域との間のコミュニケーション障害が、幻聴の発症にどのように関わっているのかを明らかにしました。
左後上側頭回の接続異常
言語の理解に重要な役割を果たす左後上側頭回は、他の脳領域と情報をやり取りすることで、その機能を果たしています。研究グループは、特に以下の 3 つの脳領域との接続に着目しました。
ブローカ野: 言語の産生に関わる領域
視床: 感覚情報を中継し大脳皮質へ伝達する領域
右後上側頭回: 左後上側頭回と同様に言語の理解に関わる領域
これらの接続は、統合失調症の幻聴に関する主要な仮説と深く関連しています。
「内発話」仮説: 自分の内なる声を、外部からの声と誤って認識してしまうことが幻聴の原因であるとする仮説。左後上側頭回とブローカ野の接続異常が関与していると考えられます。
「視床フィルタリング」仮説: 視床が、不要な感覚情報を遮断するフィルター機能を果たせなくなることが幻聴の原因であるとする仮説。左後上側頭回と視床の接続異常が関与していると考えられます。
「半球間乖離」仮説: 左右の大脳半球間の情報伝達がうまくいかなくなることが幻聴の原因であるとする仮説。左後上側頭回と右後上側頭回の接続異常が関与していると考えられます。
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「配線」の異常を発見:つながりが弱いことが判明
研究グループは、統合失調症の患者さん 83 名と、年齢や性別などをマッチさせた健康な方 141 名を対象に、MRI を用いて脳の構造を詳細に調べました。拡散テンソル画像(DTI)と呼ばれる MRI 技術を用いて、脳内の神経線維の束である白質の微細な構造を解析しました。
その結果、患者さんでは、左後上側頭回とブローカ野をつなぐ「配線」、そして左後上側頭回と右後上側頭回をつなぐ「配線」の FA 値(神経線維の束の微細な構造を反映する指標)が、健康な方と比べて有意に低いことが明らかになりました。つまり、これらの「配線」のつながりが弱くなっていることが示唆されたのです。一方で、左後上側頭回と視床をつなぐ「配線」には、患者さんと健康な方で差は見られませんでした。
陽性症状と「配線」の異常:つながりの弱さが症状の重さと関連
さらに研究グループは、患者さんにおける「配線」の異常と、症状の重さとの関連性を調べました。その結果、左後上側頭回とブローカ野をつなぐ「配線」の FA 値が低いほど、陽性症状(幻覚や妄想など)が重いことが明らかになりました。
また、患者さんでは、左後上側頭回と右後上側頭回をつなぐ「配線」の FA 値が低いほど、左後上側頭回の体積が小さいこともわかりました。
統合失調症の理解と治療への貢献
本研究の成果は、統合失調症の患者さんにおいて、左後上側頭回とブローカ野、そして左後上側頭回と右後上側頭回をつなぐ「配線」に異常があることを、世界で初めて明確に示したものです。特に、左後上側頭回とブローカ野をつなぐ「配線」の異常は、陽性症状の重症度と関連していることが示され、「内発話」仮説を裏付ける重要な知見と言えます。
また、左後上側頭回と右後上側頭回をつなぐ「配線」の異常は、左後上側頭回の体積減少とも関連していることが示され、脳の「配線」と「構造」の異常が相互に関連している可能性が示唆されました。
参考文献
Sasaki H, Kubota M, Miyata J, Murai T. Left posterior superior temporal gyrus and its structural connectivity in schizophrenia. Psychiatry Res Neuroimaging. 2025 Mar;347:111947. doi: 10.1016/j.pscychresns.2025.111947.
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専門家向け解説
already known(既知の知見):
統合失調症の中核症状である幻聴は、言語機能の障害と関連していると考えられている。
19世紀後半から、優位半球の上側頭回(STG)がヒトの言語機能に重要な役割を果たしていることが知られており、特に左後上側頭回(pSTG)は、統合失調症の病態生理学における中心的な役割を担う可能性が指摘されている。
左 pSTG の体積減少は、初発エピソードおよび慢性統合失調症患者の両方で報告されている。
左 pSTG は、ブローカ野、視床、右 pSTG を含む複数の脳領域と両側性に結合している。
これらの結合は、それぞれ統合失調症の病態生理学における主要な仮説(「内発話」仮説、「視床フィルタリング」仮説、「半球間乖離」仮説)において中心的な役割を果たしている。
unknown(未解明の点):
左 pSTG と、ブローカ野、視床、右 pSTG との間の白質結合の異常が、統合失調症患者において系統的に調査されていない。
これらの白質結合の異常が、左 pSTG の灰白質体積と関連しているかどうかは不明である。
これらの白質結合の異常が、特定の精神病理学的ドメインと関連しているかどうかは不明である。
統合失調症における、灰白質と白質の病理が相互に関連した発達様式で生じるかどうかは不明である。
current issue(現在の問題):
これまでの研究は、白質結合の異常と幻聴との関連性を個別に調査しており、統合失調症における幻聴の神経基盤の全体像を捉えられていない。
左 pSTG と、ブローカ野、視床、右 pSTG との間の白質結合の異常を統合的に調査することで、各仮説の妥当性を検証し、統合失調症の病態生理学的メカニズムをより深く理解できる可能性がある。
特に、左 pSTG の体積と白質結合の異常との関連性を明らかにすることで、統合失調症における灰白質と白質の病理の相互作用に関する知見を得ることができる。
また、白質結合の異常と臨床症状との関連性を調査することで、統合失調症の病態生理学に基づいた診断や治療法の開発に貢献できる可能性がある。
purpose of the study(本研究の目的):
統合失調症患者における左 pSTG の白質結合(ブローカ野、視床、右 pSTG との結合)の異常を、拡散強調画像を用いて系統的に評価すること。
左 pSTG の白質結合の異常が、左 pSTG の灰白質体積と関連しているかどうかを調査すること。
左 pSTG の白質結合の異常が、特定の精神病理学的ドメインと関連しているかどうかを調査すること。
これらの調査を通じて、統合失調症の病態生理学的メカニズム、特に前述の3つの主要な古典的仮説との関連についての理解を深めることを目的とする。
Novel findings(新規な発見):
統合失調症患者において、左 pSTG-ブローカ野間および左-右 pSTG 間の白質結合(FA 値で評価)が有意に低下していたが、左 pSTG-視床間の白質結合には有意な差は認められなかった。
患者群では、左-右 pSTG 間の FA 値と左 pSTG 体積との間に有意な負の相関が認められた。
患者群では、左 pSTG-ブローカ野間の FA 値と PANSS 陽性症状スコアとの間に有意な負の相関が認められた。
患者群では、左 pSTG の体積が対照群と比較して小さい傾向が認められた(有意差はなし)。
Agreements with existing studies(既存研究との一致点):
左 pSTG-ブローカ野間の白質結合の異常は、先行研究で報告されている結果と一致する。
左-右 pSTG 間の白質結合の低下は、半球間結合の異常に関する先行研究の結果と一致する。
左 pSTG の体積が減少傾向にあるという結果は、先行研究で報告されている pSTG の体積減少と一致する。
Disagreements with existing studies(既存研究との相違点):
本研究では、左 pSTG-ブローカ野間の白質結合の異常と幻聴との直接的な関連性は示されなかった。これは、幻聴の有無で患者を層別化していないためと考えられる。
先行研究では、左 pSTG-視床間の白質結合の異常が報告されている場合があるが、本研究では有意な差は認められなかった。これは、視床-皮質間結合全体ではなく、左 pSTG-視床間の結合に限定して解析を行ったためと考えられる。
先行研究の一部は、統合失調症患者における FA の増加を報告しているが、本研究では FA の低下が認められた。これは、方法論的な違いや研究デザインの差異によるものと考えられる。
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