データから売れるコンテンツは作れるのか?
私の専門は文化・芸術社会学で、手法は計量である(質的も行うが、基本のmethodsは計量・データサイエンス)。
時にコンテンツ(映画や音楽や小説)についてデータから売れるものを作れないか?という話がくる。
結論から言うと、(文化社会学の知見としては)作る前において何が売れるかはわからないが回答である。
文化社会学のアメリカの実証研究では、ヒットソングサイエンスというstudiesがあり、経営学のiinovation研究などと接合しいくつかのimplicationをもたらしている。
有名な先行研究は、
Askin, Noah, & Mauskapf, Michel,2017,“What Makes Popular Culture Popular? Product Features and Optimal Differentiation in Music,” American Sociological Review,82(5): 910–944.
Askinは特に近年の特徴量をベースとした、実証性の高い手法とデータでどんな要素が売れる楽曲になるのか分析しているが、結論として売れる曲とは、「既存の売れている楽曲と最適な差別化が図られている(optimal differentiated)」ものだという。
この結論自体はこの分野で研究している人は驚くことではなく、売れる曲とは、既存の楽曲に似すぎてはいけないし、avant-gardeすぎてはいけないことはよく知られた通説である。
じゃあどのとくらい差別化が図られていればいいのか?という問いは、実際はよくわからないが回答である。何も言ってないことと同じではないか?という反論はあるだろう。この議論として、最適な差別化を革新と捉えると、経営学などのinnovation研究とも繋がる(Askinの以前の所属はMBAよりのfacultyである)。
おそらく最適な差別化を多次元の特徴量ベクトルで無理に定式化したとして、それに合わせた楽曲をAIに作らせて売れる曲になるかというと、多分売れないだろう。というのもこの研究は純粋に特徴量にフォーカスを当てているが、実際文化生産には、ステータスや環境によってそれがどのように消費されるのかを複合的に操作するダイナミクスがそこにはある。
すでに売れているアーティスト化か?新参者か?男性アーティストか?女性アーティストか?かつて一発だけ当てた人か?マーケティングは?などなど。純粋にコンテンツの内容のみで評価されるということはなく、文化生産はそこに関与するステークホルダーの社会的相互作用で作られ、また特に近年はファンダムとの関係でもより大きいダイナミクスで形作られる。生産・流通・販売。
ただ全て偶然かというと、そうではないし、私は社会科学者として全てには理由があると思っている。
つまり、ヒットは作られるはずだし、その構造はあるはずだと思うが、それを定式化するのは大変難しい。時代によっても異なるだろうし。ただ断片的に、文化生産のダイナミクスを記述することはできる。これこそが文化社会学におけるCultural Production Perspectiveのモチベーションでもある。
Alexander, Victoria D., and Anne E. Bowler, 2014,“Art at the Crossroads: The Arts in Society and the Sociology of Art,”Poetics,43: 1–19.
Askin, Noah, & Mauskapf, Michel,2017,“What Makes Popular Culture Popular? Product Features and Optimal Differentiation in Music,” American Sociological Review,82(5): 910–944.
Godart, Frédéric, Sorah Seong, and Damon Phillips. 2020. "The Sociology of Creativity: Elements, Structures, and Audiences." Annual Review of Sociology, 46(1): 489–510.
Giacomo Negro,Balázs Kovács,and Glenn R Carroll,2022,“What’s Next? Artists’ Music after Grammy Awards. American Sociological Review, 87(4), 644-674.
上記が社会学のtopジャーナルの関連する先行研究である。興味ある人は読んでほしい。
最適な差別化を考えると、一つ言えるのは長い時間をかけて、文化の特徴は少しづつずれて変わっているということである。全く異なるものがバン!と入って人気の基準がガラッと変わるというより、少しづつ差別化が行われ、popularなものの認識は変わっていくということである。
先行する作品にリスペクトを払いつつどんな差別化ができるのか、考えることが売れるものの第一歩かもしれない。