6.3 南進の迷い子~ポンテベドラ
note終わったと思ってんじゃないぞー、私だ。
巡礼38日目――本来なら聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着したので巡礼ではないが、面倒なのでそのままカウントする。まあ今も巡礼してるようなものだし――昨日もおとといもスペインの山野を歩いている。3日前の5月31日、失意のうちに聖地到着を成し遂げたのは前回書いた通りだが、そこで休みをとることなくずっと歩き続けている。
いったい何がどうなっているのか? 今日はそのあたりを書いておこう。
いま私はサンティアゴから南に67キロ降りたポンテベドラという町にいる。これまで私はサンティアゴを目指して「フランスの道」をひたすら西進してきた。サンティアゴ巡礼にはいろんなルートがあり、各都市とサンティアゴを結ぶ道路が整備されている。私はひとまずその中でもっともポピュラーな「フランスの道」を歩いたが、リスボンやポルトから北上してサンティアゴに至る「ポルトガルの道」も存在する。私はサンティアゴからこの「ポルトガルの道」に入り、巡礼道を逆行する形でポルトガルを目指しているのだ。
図で示すとわかりやすい。しかしこうしてみると私はイベリア半島の上辺をほぼ徒歩で踏破したことになる。世界地図でわかる距離を歩いたって、改めてすごいな。
正直サンティアゴ以降は確たるビジョンがあるわけではない。「ポルトガルとか行ってみるかな、きれいそうだし」とか相変わらずそんな感じである。ただ、ひとつだけひそかに計画していたことがあった。
巡礼の途中から私の歩くスピードが上がったことにお気づきの人はいるだろうか? 正直最初はもっともっとのんびり、3日歩いたら1日休憩を入れるくらいのスロウペースを考えていた。しかし途中から休憩ナシ、結構キッチリ1日25キロ程度歩くことを続けてきた。それはナゼか?
簡単なことだ。ラ・リーガ(スペインサッカー)を生観戦するためである。
私はフットボールを観ることが好きだが、せっかくスペインに来たのだしナマで観たいと思っていた。だが調べてみるともうシーズン終了間近、最終節が6月4日とある。その中で1つのカードが目を惹いた。ガリシア地方の雄・セルタの最終節がバルセロナ戦。セルタのホームであるビーゴはサンティアゴから南に100キロ、都合よく「ポルトガルの道」の途上にある。距離などを計算すると……かなり大変だが頑張れば行けなくもない。1日25キロペースで進めば当日ビーゴに着く……これは行くしかないだろ!!
ということで実は巡礼後半の私のモチベーションはサッカーも大きな要素だったのである。ほんとごめん、キリスト様マリア様。だからサンティアゴ到達後も休むことなく南進を続けていたのだ。
だが好事魔多し、不埒な企みには天誅が。バルサ戦チケット、セルタの公式で随時チェックしていたのに、なんと発売2時間後に完売。シャビバルサ相手の最終戦とはいえ、普通に入れるだろうとタカくくってたー!
整理しよう。私はサンティアゴの巡礼を終えたらビーゴでサッカーを観戦し、そこで気持ちに一区切りつけ、旅の第一段階を終えようと思っていた。しかしチケットは売り切れ。困った。だけど仕方ない。もしかしたら入れるかもしないし、別にバルでテレビ観戦でもいいし、とりあえず行ってみるか……というGUDA-GUDAを絵に描いたようなことになっているのが今である。我ながらGUDA-GUDAばっかりだな、私の旅って。
それにしてもサンティアゴ以降、明らかに旅のモードが変わった。
これまでは黄色い矢印に従って歩く旅だったが、今はルートの逆走だ。すべてを逆に読まなければいけないし、だからしょっちゅう道に迷う。以前はバッグにしまっていたスマホを今は首からかけ、常にGPSをチェックしながら進んでいる。
私はずっと1人で歩いていたが、これまで巡礼者は目的地が同じだった。道がわからなくなってもみんなが歩いている方に行けばいいし、どこか同朋意識も感じていた。でも今は完全に1人だ。誰とも一体感の持ちようがない。どこに行っても構わないし、誰も助けてくれない。本当の意味で「一人旅」がスタートしたなという感じがする。
ルートを逆行してるもんだから、ものすごく地元民に声を掛けられる。巡礼者なのに意気揚々と目的地と反対方向の道を歩いているのだから「おいおい」となるのだろう。「おい、おまえそっちちゃうぞ!」「サンティアゴ逆!逆!」。あるときは一度通りすぎた車が帰ってきて「おまえちゃうぞ」と教えてくれ、あるときは家の窓からおばさんが両手ででっかいバツ印を作ってアピールしてくれた。
このエピソードはスペイン人のおせっかいさ(親切さ)に加えて、私がいかに頓珍漢なオーラを振りまきながら歩いているかを表している。不安げな顔をしてお門違いの方向に歩いているエイジアンをみんな放っておけないのだろう。地元民にしてみれば、私はどこからどう見ても方向感覚がバカになっている完全無欠の迷い子なのだ。
私はそう言われたときは安村ばりの笑顔を浮かべ、
「安心してください。これはあえて逆ルートを歩いているだけで、迷ってるわけじゃありませんから!」
そう繰り返してきたが、心の中では「ほんとそうだよな~」としみじみしていた。
道は迷ってないかもしれないが、私は完全に迷っている。この旅も、この人生も。どこに行けばいいかわからずとりあえず惰性で歩き続けているのが私の今なのだから。
♪現在過去未来~。迷い道くねくね~~~。ほんとにな。