5.29 Last 2・牧歌的~ラバディソ
サンティアゴ巡礼33日目。
昨日は嵐騒ぎで早起きしたせいか今日は逆に寝坊した。起きるともう誰もいない。外では掃除の準備をしているおばちゃんたちの声がする。チェックアウト8時ギリギリに外に出て歩きはじめる。
8時というので遅い出発と思っていたが、意外と人がいる。みんなウェアが新しく、あちこちで写真など撮っている。ふふん、これはサリアから歩きはじめた新参者だな、ういういしいのお――と上から目線で通り過ぎる。自分もつい1ヶ月前までは新参者だったのに。
今日は日本人のlineグループの人が挙げていた、ガリシア名物のタコをメリデで食べることにする。メリデまで14キロ強。そこまで休憩なしで頑張れるだろうか? すぐに休みたくなる甘いもの好きのこの私が。
タコ効果で頑張った。店を探そうとしたらルート上のわかりやすい場所にあって、何も言ってないのに兄ちゃんが「うまいけえ食うてみい、ほれ」と茹でたてのタコを突き出した。うん、やわらかい。うまい。
中でタコを食ってると、向こうから知った顔が現れた。クロアチア人のレナトたちだ。レナトはこの旅で一番親近感を感じている1つ違いのナイスガイ。話をすると同じ31日にサンティアゴ・デ・コンポステーラ到着だという。「同じだからその日一緒に乾杯しよう、晩ご飯一緒に食べない?」と言うと快諾してくれる。
この旅で誰かと約束をしたのは初めてだ。あ、レオンのパードレとは約束したか。誰かと約束を交わすって嬉しいことだなと思う。もう最後に近いけど、この約束があるだけでサンティアゴまで歩ける気がする。
ますますゴールするのが楽しみになってきた。
メリダでタコを食った後は、また淡々と歩く。今日は天気も荒れず暑いくらいだ。スペインもすっかり初夏である。
山道を歩いていると、人だかりができている。私はぼんやり人なので、すぐになんだなんだと輪に加わる。そこは牧場で、見ると遠くに1匹の牛、そのまわりに6人くらいの人がいる。どうやら牛のお産が行われているようだ。
ほー、仔牛産んでるのかーと思って手前を見ると、確かに小さな牛がいる。そいつはブルブル震えながらよよよよよ、と立ち上がろうとしていて「これテレビで見たことある! 産まれたばかりじゃん!」と興奮する。目を母牛に戻すと、大人たちが囲んで何やら大変そうである。これは2匹目を産もうとしているところか、とだんだん状況が見えてくる。
放ったらかしの1匹目とは対照的に2匹目は難産のようである。助産師みたいな人が牛の股間に腕を突っ込んで血まみれになってるが、なにせ遠いのでよくわからない。まわりは「がんばれ!」「ほら、いきめ!」というつもりだろうが、母牛の首を蹴ったり背中を叩いたりとなかなかDVである。
こうなると私はもう2匹目が生まれるまで付き合うしかない。せっかくだし新たな生命の誕生の瞬間に立ち会いたい。他の野次馬たちもこの状況から目が離せなくなっている。牛を見守る野次馬たち。
思わず笑ってしまったのが、この緊迫した瞬間、母牛がなにかうめいたのか急にどやどやと他の牛が彼女のまわりに集まりはじめたことである。それを上半身裸のおっさんが「おまえら邪魔だ。あっちいけ!」と振り払う。それでもどうしても離れず、じっと母牛の様子を見つめる1匹がいる。「ははーん、こいつが父牛だな」と勝手に妄想するが、そいつは本当にずーっと母牛から離れない。
何度も何度もトライするがなかなか2匹目は出てこない。かれこれ30分近く経つが、産まれるまで付き合うと決めた手前、私もここを離れるわけにはいかない。今日、宿予約しておいてよかった。
もうひとつ心を打たれたのが、さっき追われた他の牛たち、離れたけどそのうち何匹かはずっと母親の方を気にしているのだ。「やっぱり心配なんかな……友達なんかな……」。これまた勝手な妄想だが胸が熱くなる。次に生まれ変わるなら牛でもいいなとか、意味の分からないことまで考える。
いつまで続くかわからない持久戦、それは突然断ち切られた。助産師が急に手袋を放り投げて「今日は終わりじゃー」みたいな雰囲気になったのだ。ピクリともしない母牛。まさか……死産? 母体は?と思ったが、やがて母牛はむっくり起き上がり、忘れ去られていた1匹目がそこに近づきやっと母子のスキンシップとなった。これって2匹目は別日ってこと? そういうことってあるのだろうか??
結局出産シーンには立ち会えなかったが、それでも私は幸せな気分だった。いいものを見せてもらった。きっとここ数日中に彼女は2匹目を産むだろう。
ただ歩いているだけで何かが起こる。スペイン歩けば棒に当たる。いや、世界は実は面白いことが毎日たくさん起こっていて、私たちはそれを知らないだけかもしれない。
残りあと42キロ。今日も楽しい一日だった。
バッファローがいるスプリングフィールド。カントリー風味が沁みるなー。