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【宇宙開発の報道】H3ロケット試験機1号機~3号機の社説に見る"失敗を許さない雰囲気"【事例研究】
日本の宇宙開発と報道について
日本の宇宙開発と報道については昔から関心があったのですが、ここ1~2年で様々な事例が増えてきたように思います。
ここ数ヶ月で「日本の宇宙開発と報道」というテーマで論文書けるぐらい事例が増えた気がする。
— shimitaka (@shimitaka1982) February 19, 2023
元々関心あったのでそのうち本格的に事例研究してまとめてみたいなー。
思いつく限り、H3、医学研究に関する不適切行為、OMOTENASHI、成層圏の気球体験、イプシロン6号機、宇宙の日、など。
今日は特にH3ロケットについて整理しようと思います。
と言っても、備忘録的にXで呟いていたので、それを整理するだけです。
自分のスタンス
私はもともと宇宙開発の現場にいたのですが、今は一線から離れています。これはいくつか理由があるのですが、そのうちの理由のひとつが、日本の宇宙開発を少し俯瞰的に見てみたい、と思ったからです。
ですので、積極的に応援する立場でも、非難する立場でもありません。
また、ジャーナリズムに対して何か一言モノ申したい、というわけでもありません。
ほぼ、自分の興味関心になります。
いや、ちょっと違いました。日本の宇宙開発を応援したい気持ちはとてもあります。ですが、事実は事実としてきちんと冷静に見ておきたい、社会的にどう思われているのかも知っておきたい、という気持ちがあるということです。
社説に着目する理由
報道、と一言にいってもいろいろな切り口があるのですが、私が着目したのは新聞の社説です。
社説に注目するのは、それが最もその社の意見を代弁していると思うからです。それぞれの新聞社の意見や主張の違いが分かりやすいから、とも言えます。
※私が社説に注目するのは、それが最もその社の意見を代弁してると思うからです。
— shimitaka (@shimitaka1982) January 4, 2024
着目したのは「急げ」と言ってるかどうか。今回の件はより慎重により正確に事実を追究することが求められますが、「急げ」を合言葉に拙速で憶測を含んだ報道が出る懸念があると感じたため。
これは、決して社説以外の新聞記事やテレビニュースなどを軽視している、という意味ではありません。
むしろ、そういった一般報道と合わせて見ることで、より違いが浮き彫りになってくると感じています。
なお、チェックするのはいわゆる「5大全国紙」(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞)に絞っています。
H3ロケット試験機1号機の場合
早速H3ロケット試験機1号機の時を見てみましょう。
H3ロケット試験機1号機は2023年3月7日に打ち上げられましたが、第2段エンジンの不具合により打ち上げは失敗、ペイロードのALOS-3(だいち3号)を軌道に投入することはできませんでした。
以下は翌日2023年3月8日のポストです。
今朝の5大全国紙社説まとめ
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
読売:ロケット失敗 再挑戦に向けて原因の究明を
朝日:H3ロケット 幅広い視野から検証を
毎日:H3ロケット失敗 宇宙開発への打撃は深刻
日経:H3の失敗見据え開発体制の総点検を
産経:H3ロケット失敗 再起へ原因の徹底究明を
以下各紙論調と所感など
それぞれの新聞社の社説のリンクと私の所感は以下の通りです。
読売。JAXAなどの責任は重い。新ロケット開発の難しさが改めて浮き彫りに。宇宙開発を巡るビジネスは活発化、長期にわたる停滞は許されない。JAXAは、今回の失敗で過度に萎縮することなく、できるだけ早い再挑戦に向け体制立て直しを。https://t.co/6qDCksKJHH
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
朝日。日本の宇宙開発にとって深刻な事態。調査に客観性を持たせ、説明責任を果たして信頼回復を。組織としての信用も問われる。焦りのようなものがなかったのか。高い性能とコスト削減を同時に追い求め計画に無理が生じてなかったか。企業との共同開発や役割分担も問われる。https://t.co/Vt5hAKNNqQ
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
毎日。イプシロンに続き「深刻な事態」。今回の失敗で環境さらに厳しく。「だいち3号」は国内外の災害時の被害把握や産業向けデータを収集するはずだった、関係者の失望大きい。日本の宇宙開発の正念場。再起を期すには、今回の重い教訓を生かす知恵が求められる。https://t.co/RmH1WKGNIL
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
日経。2段目がH2Aとほぼ同様、ロケット開発体制の見直しの必要あり。文科省にも言及、不備を見逃した構造的欠陥にも踏み込んでほしい。イプシロンやMRJにも触れ航空宇宙分野の技術力劣化を危惧。https://t.co/vVCsk2zGTJ
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
産経。日本の宇宙開発における「最悪の失敗」。前を向ける要素が現時点で見いだせない。打ち上げに踏み切った判断は妥当だったのか。最近のJAXAは失点続き。組織内部に「緩み」や「あせり」はなかったか。「日本の再起」のために、科学技術、ものづくりを立て直さなければhttps://t.co/iB4Vs1akWZ
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
さて、いろいろ見方はあるのですが、まず私が着目したのは、5社とも翌日社説を出した、ということです。
社説は各社1日1〜2本で前もって「この日に掲載しよう」みたいなのが用意されていることが多いので、前日の出来事を差し替えるのはそれだけ大きく取り扱ってるということだと理解しています。
また、私がこの社説で気になったのは以下の点でした。
5社のうち4社(産経以外)はスペースXを引き合いに出してる。
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
ただ、朝日は宇宙産業の「競合相手」、毎日も「安さを武器に受注を伸ばしている」と競合性を示唆、全体的にスペースXの「失敗から学ぶ」考え方までは言及してない印象で、国際的な競争が加速する中で日本の宇宙開発を危惧する論調。
この時点でH3ロケットはまだ試験機ですので、実用ロケットを大量に打ち上げているスペースX社の状況と比較することはあまり意味がありません。
それよりも、もし新聞社として今回の打ち上げ失敗について言及するのであれば、日本としての科学技術に対する姿勢や組織やプロセスなどを問いただすべきかと感じました。
ただ、言ってることは分からなくもなくて、組織やプロセスで見直すべき点(今回の事象に関わらず)は多くあるように思う。それを意識的か無意識的かに関わらず「緩み」といえば、まあそうなのかなぁ、という感じ。「気の緩み」ではなくて「組織の緩み」とか「プロセスの緩み」とかかな。
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
また、もう1点不思議に思ったことが、どの社説も実用衛星(だいち3号)を搭載して結果的に喪失した件についてほとんど言及がなかったことです。
試験機1号機に実用衛星を搭載し結果的に喪失した件についてはどの社も特に言及なし。
— shimitaka (@shimitaka1982) March 7, 2023
全体的にJAXAの責任を問う論調なんだけど、「日本の宇宙開発」を論じるなら文科省や政策責任についてもう少し突っ込んでもらいたかったかな。
上記にも繋がりますが、もし日本の宇宙開発に対して批判をするのであれば、政策責任について批判をするべきだったのではないか、と感じました。
H3ロケット試験機2号機の場合
H3ロケット試験機2号機は2024年2月17日に打ち上げられ、正常に飛行した上でペイロードのCE-SAT-IE等を軌道に投入することが出来ました。打ち上げは成功です。
以下は翌日2024年2月18日のポストです。
今朝の5大全国紙H3関連社説まとめ🚀
— shimitaka (@shimitaka1982) February 17, 2024
読売:ロケット成功 宇宙開発の停滞を破る契機に
朝日:H3ロケット 信頼獲得へ一歩ずつ
毎日:ー
日経:成功のH3これからが正念場
産経:ー
読売・朝日は「H3」と全角表記、日経は「H3」と半角表記するというトリビアを発見👀
まず、「試験機1号機が失敗した際には5社とも翌日に社説を出してきたのに、今回は3社だけか」というのが率直な感想でした。
以下がそれぞれの社説とその所感です。
【読売】ロケット成功 宇宙開発の停滞を破る契機にhttps://t.co/egUAMq8Axs
— shimitaka (@shimitaka1982) February 17, 2024
早期の打ち上げ再開を重視し、失敗から1年足らずで再打ち上げにこぎ着けたことを評価
1兆円規模の宇宙戦略基金にも触れ、新興企業のロケット事業の育成も強化すべきとの主張
【朝日】H3ロケット 信頼獲得へ一歩ずつhttps://t.co/xSxI4bFcrp
— shimitaka (@shimitaka1982) February 17, 2024
"実績のある部品の品質管理を徹底するだけでなく、どう最新の技術や知見を反映させるのか"など日本のものづくりのQCDを意識した論調で"いかにコストパフォーマンスを高められるかがカギ"とした。こちらも宇宙戦略基金に言及。
【日経】成功のH3これからが正念場https://t.co/Knr1zgQh3F
— shimitaka (@shimitaka1982) February 17, 2024
"1年で挽回した関係者の努力を評価"しつつも"スタートラインに立ったにすぎない"とした
能登半島やウクライナ情勢などにも触れ国産ロケットの重要性を改めて主張
ロケット発射場不足にも言及、"政府や企業は積極的に投資すべき"とした
ちょうど10年間で1兆円規模の宇宙戦略基金について話題になっていた時期ですので、それに絡めている社説が見受けられました。
また、社説を出している3社とも今回の成功を評価した上で、宇宙戦略基金に伴う宇宙事業への投資や人材の育成などにも言及しているところが特徴です。
H3ロケット3号機の場合
H3ロケット3号機は2024年7月1日に打ち上げられ、正常に飛行した上でペイロードのALOS-4(だいち4号)を軌道に投入することが出来ました。打ち上げは成功です。
以下は翌日2024年7月2日のポストです。
今朝の5大全国紙H3関連社説まとめ
— shimitaka (@shimitaka1982) July 1, 2024
読売:なし
朝日:なし
毎日:なし
日経:なし
産経:なし
「いや、どこも社説書かないんかい!」というのが率直な感想でした。
H3ロケット試験機1号機:5社
↓
H3ロケット試験機2号機:3社
↓
H3ロケット3号機:0社
となれば「もう興味失っちゃったのかな?」と心配にもなります。思わずこんなポストをしてしまいました。
確かに「打ち上げ成功がニュースにならないくらい日常的なものになって欲しい!」とは言いましたけど、初めて「試験機」の名前がはずれて主衛星を軌道に乗せたんだし「だいち4号」は災害時の状況把握にも活用できる衛星なんだから、もっとなにかあってもいいのになー、とは思う。
— shimitaka (@shimitaka1982) July 1, 2024
念のため申し上げておくと、その後もチェックしましたが、確認できたのは打ち上げ成功から1週間経ってから掲載された読売新聞の社説のみでした。
打ち上げから10日、いまのところ7月8日付の読売の以下の社説のみ確認出来ました
— shimitaka (@shimitaka1982) July 10, 2024
読売:H3ロケット 連続成功で競争力を高めよhttps://t.co/AZKCmelWwP
仮説
以上を踏まえた上での私の仮説です。
社説は失敗を批判することの方が興味が大きく、失敗を指摘する文化を悪い意味で醸成しがちなのではないか
組織の体制の「ゆるみ」など精神的な批判が散見され、具体的な戦略・戦術に関する指摘が少ないのではないか
具体的な指摘が出来るほど日本の宇宙開発の実態(特に政策や体制上の課題など)について取材が出来ていないのではないか
失敗を批判するのと同じくらい(またはそれ以上に)成功を評価しなければフェアではないのではないか
他の事例も踏まえて考えてみないとまだ結論とは言えません。
ただ、少なくともH3ロケットの3回の打ち上げ結果から見えてきたのは、社説に対するこのような疑問に近い仮説でした。
私は新聞社の社説に対してリスペクトを持っているつもりですので、もし異なった見方をしている方がいらっしゃれば、ぜひご意見を伺ってみたいと思っています。
以上です。