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顕彰馬制度の行方:選考制度はどうあるべきか?

概要

本稿においては、JRAにおける競走馬の殿堂入りに当たると言える、「顕彰馬」制度の選考過程について考察を行った。

1. はじめに

2019年の顕彰馬制度において、キタサンブラックが選出されなかった。これに対して、G17勝馬で歴代最多獲得賞金である当馬が選出されないことに対してメディアやファンの間で議論となった。
そもそも顕彰馬制度とはJRAにおいて、中央競馬の発展に特に貢献があった馬に対して行うものとしている。いわば、NPBにおける「殿堂入り」にあたる。これまでに33頭が表彰されている。選出方法は、現在においては毎年1回競馬記者による投票が行われ、1人4票まで権利があり、得票率75%以上を獲得した馬が顕彰馬になれる。対象となる馬は、競走馬登録抹消から1年以上20年以内の馬であり実績は問われない。ただし、初めからこの方式がとられていたわけではない。制度発足当初は、「顕彰馬選考委員会」によって10頭が選出された。この時の選定基準は以下の通りである。

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・基準1:競走成績が特に優秀であると認められる馬(原則としてGI競走に格付けされた重賞競走において3勝以上の成績を収めたもの)
・基準2:競走成績が優秀であって、種牡馬または繁殖牝馬として、その産駒の競走成績が特に優秀であると認められる馬(上記に準ずる成績を収めた馬であって、GI競走において優勝した産駒が種牡馬にあっては5頭以上、繁殖牝馬にあっては2頭以上のもの)
・基準3:その他、中央競馬の発展に特に貢献があったと認められる馬(国際的に活躍し、中央競馬の評価を高めたもの、又は記録性、話題性、大衆性において中央競馬の発展に特に貢献のあったもの)

この方式により、その後も基準を満たす馬が引退するたびに顕彰されるという方式がとられた。特に1990年には引退後の評価や種牡馬としての実績変化などから5頭が選出されている。結果的に、この制度の下ではタイキシャトルまで25頭が選出されている。その後、2001年からは現行の投票制度に変更されたが、この時は1人2票であった。ただし引退年数の制限が存在せず、引退直後の馬に投票する記者たちとタケシバオーなど引退してから相当年経った馬たちに投票する記者の間で得票数割れが発生した。特に、テイエムオペラオーが引退してから最初の年である2003年に選出されなかったことから批判が相次ぎ、翌年からは現在と同じ競走馬登録抹消から上限である20年以内が設定された。なお、タケシバオーは翌年、JRA 50周年記念事業の一環として行われた、競走馬登録抹消から20年以上経っている馬のみを選出する投票において、顕彰馬に選出された。その後競走路線の多様化から2015年からは投票数が1人2票から4票に改められ、現在に至る。
 このように、顕彰馬制度は数度のシステムの変更を経て現在の選出システムに安定している。そこ本稿では、投票のシステムを変更したことにより馬の選出の変化について考察していくことで、顕彰馬選出制度のあり方を考察していきたい。

2. 2001年の制度変更による変化

 先に述べたように、2001年からは現行と同じ投票方式に変更された。これにより現在に至るまで票数の変更はあったが7頭が選出された。これまでの基準があった時代とは異なり、記者たちの選好によってのみ決定される形になった。なお、制度変更以降、制度変更前の基準を1つも満たしていない顕彰馬は存在しない。逆に、2001年の制度変更以降、以前の制度であれば選出基準に達していたものの選出されていない馬は以下の通りである。

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 なお、ここでは2001年以降の顕彰馬投票で初めて対象になった馬以降のみを掲載している(つまり、顕彰馬選定委員会では審議されていない馬である)。基準3については、「国際的に活躍し、中央競馬の評価を高めたもの」の観点から海外G1での勝利数、「記録性、話題性」の観点からはレコードや賞金の記録を上回ったことがあるかどうかで判断をした。なお、「大衆性」については、ディープインパクトが該当すると考えるが、すでに選出されているため除外した。基準1では29頭、基準2には7頭、基準3には6頭が該当している。特に、複数の基準に該当している馬が9頭いる。特に、ダイワメジャーはG I5勝かつ種牡馬としても5頭のG I馬を輩出している。また、クロフネも記録上はG I2勝であるが種牡馬として6頭のG I馬を輩出しているうえに、現在も日本レコードを2つ保持している。

 以上のように投票制度に変更後に投票対象となった馬の中には、顕彰馬選定委員会の基準では複数の基準に該当していた馬も存在する。ただし、顕彰馬選定委員会による選定が行われていた時代にも、八大競走3勝してるうえに中央競馬平地連勝記録(タイ)を保持しているダイナナホウシユウが審査員の反対により選出されないといった事態が起きている。また、基準1にしか該当していない、タケホープやグリーングラスも選出されていない(いずれも八大競争を3勝している)。

3. 現在の投票制度の問題点

現行制度下で選ばれた馬のほとんどは引退後初めての投票で選出されている。つまり、現役時代の競走成績のみによって選出が決定している状況である。このため、基準2,3のような馬が選出されにくく、得票数が最近引退した競走成績が優秀な馬>繁殖成績が優秀で競走成績はそこそこ優秀な馬や時代を超えても更新されない記録や話題性を持っている競走成績がそこそこ優秀な馬、という構図になりがちである。基準がなくなってしまったがゆえに、記者それぞれの「名馬」の定義に合わせて投票が行われている。結果的には、投票制度の導入前後で顕彰馬の定義が変わってしまっている。
 

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 この状況を解決するには、現代における顕彰馬の選定基準を改めて考える必要があるのではないだろうか。現状では、異なった基準や価値観を持った記者が各々で投票をしている状況である。しかし、これでは票割れが発生や単に記者が贔屓とする馬を投票するといった状況が起きる恐れがある。ゆえに、顕彰馬選定基準の「物差し」を定め、その上で投票制度という形が望ましいと考える。顕彰馬選定委員会のように会議によって顕彰馬を決定してしまうと委員同士の交渉や少数の委員による強硬な反対などが発生し、適切な選定が行われない可能性がある。ゆえに、現行の投票制度は残しつつも顕彰馬選定の基準値を設け、その馬の中で顕彰馬を選定するという形が望ましいのではないだろうか。

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萩野紙
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