道化のぬりかべ
妖怪仲間である唐傘小僧がこの度メス河童と結婚することとなり、ぬりかべは正装の上、式に出席した。タキシードはXXXXXXXLLLLLサイズの特注物だった。久しぶりに会う妖怪たちは皆ひとつも変わっておらず、当時のままのノリで和気あいあいと再会を楽しんだ。また、唐傘とメス河童の嬉しそうな顔を見ている内に、普段は無表情のぬりかべも、自然と込み上げてくるものがあった。式は、子泣き爺が号泣しながらスピーチをして、砂かけ婆がライスシャワーの如く砂を宙にばら撒くという、感動的なものだった。
夜、披露宴の二次会が墓バーで催された。酔っ払った油すましが余興をやろうと言い出して、各々が芸を披露することになった。まずは一反もめんがテーブルに寝そべり、その上にグラスなどを置いて、テーブルクロスのような格好になると、ねずみ小僧が勢い良く一反もめんを引っ張って、見事グラスは倒れず大成功、会場は大いに盛り上がった。続いて海坊主が熱湯海水に入り、阿呆なリアクションで笑いを取ると、猫娘がおニャン子クラブ、座敷童子が森田童子の歌を、それぞれ歌った。
ぬりかべは焦っていた。普段から突っ立っているだけの自分に、何の芸も無いことは明らかだったのである。こういうことやるんなら先に言うといてくれ、と思った。出来ることなら何もせず、観客のままでいたいと願ったが、自分の図体では隠れる場所も無い。どうやら、一人ずつ、全員が何か芸をやる雰囲気になってきた。油すましは調子に乗って、次は誰にしようかな、などと仕切っている。どうしよう。どうかこのまま、やり過ごしてはくれないものか。今は天狗が下駄でタップダンスをしている。皆の熱気が会場中を包み込んでいくのと反対に、ぬりかべの気持ちは落ちていく一方だった。
じゃあ次は、さっきから突っ立ってる、お前、ぬりかべ。油すましが笑いながら言った。皆が拍手した。冷たい汗が体中を、壁中を流れていくのを、ぬりかべは感じた。そしてヤケになったのか、隣の席でピーチフィズを飲んでいた口裂け女の化粧ポーチを手に取ると、目の周りと口周りを口紅で赤く塗りたくり、のしりのしりと皆の前に出て、うふん、と言った。
突如として静まり返った会場が、白けた空気であることは明らかだった。だが、ぬりかべの道化は止まらない。うふん、あたしぃ、ぬりかべぇ、と言ってみたものの、不穏な空気が変わることは無かった。司会の油すましが、どゆこと?と言った。ぬりかべは、え?と素で返事した。いや、皆さ、猫娘やったらおニャン子とか、一反もめんやったらテーブルクロスとか、一応自分のアイデンティティーに乗っかった何かをやってるわけで、ぬりかべがオカマって、別に関係無いやんか、だからこれってどういうことなんかな、と思って、えっと、何か意味はあるの?矢鱈と冷静な油すましが、皆の前で説教地味たことを言い出して、不穏な空気はより不穏となり、完璧に淀んでしまった。ぬりかべは赤面しながら、何なんでしょう、ぬりかべだから塗りたくったんですかね…、と小さな声で言った。