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その日の天使シリーズ 吊り革の恋人(24年某日)

満員電車が好きな人なんていない。朝のまだ眠いなか、もしくは疲れ切った家路で、見ず知らずの人とほとんど密着して、狭い車内で揺さぶられる。汗だくのおっさんに挟まれる。ビネガー味のシャカシャカチキンになった気分だ。

私は吊り革に体重を預けて、車内の揺れと、揺れるおっさんの動きを予測しながら自分のパーソナルスペースを確保したい。だから、私は混雑する電車に乗ると、何よりも吊り革の確保を優先する。

今日、同じように吊り革を持とうとすると、おっさんと同じタイミングで、同じ吊り革に手を伸ばしてしまった。

「あっ///」「あっ///」

本棚で手が合うロマンチックな少女漫画みたいだ。ああ、なぜおっさんとなら夢が叶うのか。

本棚で手が合ってときめくのは、きっと興味関心が同じことだという価値観の一致が示唆されるからだ。一方私たちは、安全確保のために最善の吊り革を選択し、互いに掴もうとした。吊り橋効果ならぬ、吊り革効果まで作用しているではないか。ちょうど、私たちの間に立つツルツル頭のおっさんは吊り革より少し身長が低く、吊り革が天使の輪っかと成している。キューピッドまで私たちに味方している。おっさんと手が合った瞬間、お互いにニヤッとしたのを思い出して、私は電車を降りた。おっさんに心とらわれた私は、疲れを一瞬だけ忘れられた。

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